melancholia//サイトの更新履歴兼、その時々のプレイゲーム日記、二次文章など。
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2012/06/11 (Mon) ドラマダ文章 / ノイ誕


やっと出来たので、見直しもそこそこに。
フライング更新です。
ピクシブには13日きっかり合わせで上げる予定です。

そんなわけで、ノイズ誕生日おめでとう文章。
内容を端的に説明すると、俺が、お前を、祝ってやる―― そういう話ですね。
まあそりゃそうだ…
ご興味おありでしたら、追記から。


その他の諸々については、また記事を改めて書くことにします。









『六月十三日』





いよいよ、明日。

瀬良垣蒼葉はこっそりと、密やかな溜息を吐き落とした。



ノイズの部屋である。
タエと蒼葉が暮らす区画からは少しだけ離れた処に在る。恐ろしく殺風景な、そもそも人が住まう為に作られたのではないような建物の一画を、彼は間借りしているのだそうだ。
内装も当然、外観同様ひどく殺風景でほぼ灰しかなく、その上を無数のケーブルが縦横無尽に走っている。ケーブルの行き着く先は大小様々な機器の類で、ジャンクショップ店員である蒼葉の眼をもってしてもそれらが一体何に使われているものなのかを判別するのは難しかった。そして、そんな機器たちの合間をぽつりぽつりと縫うようにして置かれた必要最低限の家財道具と、そこかしこに散乱するスペアのウサギモドキ、細かなパーツ諸々。
それが、この部屋の全景である。
蒼葉も初めて訪れた時は、機器一色のこの景色と、本当に宅配ピザの空箱しか投げ込まれていないらしいゴミ箱に大層驚いたものだ。
それまで見聞きしてきたノイズの言動やひととなりを考えるなら確かに頷けはするものの、少なくとも蒼葉にとっては生活出来得る最低限の線すら満たしていないように見えたのである。温度というものが全く存在していないような。この部屋の光景を初めて眼にした時、ああこの男はずっとこんな処で暮らしていたのかと、何だか無性にかなしい気持ちに襲われてしまったことを蒼葉は今でもよく覚えている。
尤も、退院を果たしたノイズがリハビリを兼ねた通院をするようになってからはそれに伴い蒼葉もその付き添いや簡単な世話をするべくここを頻繁に訪れるようになっていたので、そんな蒼葉にとノイズが新たに買い足した調度品も幾つか在り、以前の景色とはほんの少しだけ、色が違っているのだけれど。

「はあ……」

その買い足されたもののひとつであるソファに身を預けたまま、蒼葉はまたひとつ溜息をこぼした。
幾ら思考を廻したところで答えが転がり出て来るような問題でないことは、蒼葉とてようく判っている。しかし。蒼葉はまだもう少しだけ、足掻いてみたいのだ。最終手段という名の切り札は確かにあれど、出来得る限りはそれを使いたくないのである。
それは、蒼葉がノイズという男に対して頑なに守り続けている年長者としての威厳や見栄の為でもあったし、常に憎らしい余裕を帯びているノイズの性質の所為でもあった。

(…………出来るだけ、びっくりさせてやりてーんだけどなあ)

蒼葉の思索は依然として出口を見付けられぬまま、行き場なくぐるぐると廻り続けている。
あと少し足掻く為にはいっそ大幅な方向の転換を図るべきなのか、はたまたもう一度過去の記憶を細かく洗い出すべきなのか。長年苛まれてきたものとはまた違った種類の頭痛を脳の隅に感じながら、思索の舵取りについて蒼葉が新たに悩み始めた時、突然、声音を投げられた。

「おい、蒼葉」
「、!」

その声音は別段特に大きいものではなかったのだが蒼葉にとっては少し唐突だった所為で、大袈裟にびくりと身体を震わせてしまった。
瞬間的に湧いたその驚きを抑えつつそろりと視線を持ち上げると。直接床へ座り込んでいるノイズがじっと蒼葉の方を見詰めていた。
蒼葉とて、まさかノイズの存在を失念していたわけではない。が、先刻からずっとコイルと自室の機器を使って何かの作業をしているようだったので、てっきりそちらに集中し切っているものとばかり思い込んでいたのである。
その手の作業に没頭し始めると外界の雑音を受け付けなくなるのが彼の常だったし、そうした場合には無理に構うようなことはせずこちらとの接続が『オンライン』状態に復帰するまでのんびりと気長に待つというのが蒼葉の遣り方だったから、ノイズが作業をしている以上は邪魔をしないようにおとなしく、そして気兼ねなく存分に考え事をしていたというわけなのだが。
見れば、ノイズの手許にはすでにキーボードの影がなかった。一体、いつから。
腹の中の驚きがじわじわと焦りに変わり始め、思わず蒼葉は視線を彷徨わせてしまう。

「……あー、えっ、と……」

もしや、悟られてしまっただろうか。
内心そう慄きながら、必死に適当な話題について検索を掛ける。しかし、蒼葉がそれを探し当てる前にノイズはふらりと立ち上がった。

「ちょっと出てくる」

常のようにあくまで淡々と。
銀色のノブに指を掛けながらそう言うノイズの背と声音からは、然したる感情も窺えない。
勘付かれは、しなかったのか。

「飲むモンとか食うモンとかそういうの、なんかテキトーに買ってくる。 冷蔵庫になんにもないの、忘れてた」
「……えっ、あ……、……や、それなら俺も一緒に行くって」

大分遅れて言葉の内容を理解し、蒼葉も慌てて立ち上がる。
退院したとはいえ、ノイズは未だ立派な怪我人なのだ。彼が何か食料の類を買いに出るならそのうちの何割かは蒼葉の為ということにもなるのだろうし、それならば尚更ひとりで行かせられるわけがない。
 
「っていうか、むしろ俺が」

蒼葉が言い掛けると、ノイズは軽く掌を上げてそれを制した。

「いい、チームの奴らにも言っとくこととか色々あるから。 アンタはここで待ってろよ」
「、でもお前、」
「……大丈夫だって、そんな遠くにまでは行かねーし。 それに俺、一応リハビリ中だし? アンタにパシってもらうよりは自分で歩いた方がいいだろ?」

笑うノイズの言は軽い。
確かめるようにそれを見詰めてから、蒼葉はやれやれと肩を竦めた。

「…………わーかったよ。 けど、まだ普通に怪我人なんだからくれぐれも無理すんなよ? 喧嘩とかそういうのは、絶対ダメだからな?」
 
近頃は以前のような鋭利さも薄れているようなので、先手必勝問答無用とばかりに拳を振るうようなことはそうそうないのだが。それでも一チームの頭領である以上は可能性もゼロでないのだろうし、蒼葉としてはやはり心配である。
そんな思いから蒼葉が念を押すと、ノイズは何処か呆れたような可笑しそうな表情で小首を傾げた。

「……相変わらず、慎重。 つかさ、俺よりアンタこそ…知らねー奴が来てもホイホイ簡単にドア開けたりすんなよ?」
「あ、開けねぇよ!」
「はいはい、んじゃちょっと行ってくる」

蒼葉の勢いをすんなりといなし。
ノイズは笑って手を振りながら、そのまま部屋を後にした。
がちん、という扉の無骨な音が僅かに空気を震わせ、空間が再び閉じられる。


「…………ったく……ノイズのやつ……、歳下のくせに人を子供扱いしやがって……」

ひとりになったその部屋で、蓮も起動させていないというのに蒼葉は声に出してそう言い。倒れ込むようにしてソファへ腰を下ろし直した。
投げ出した身体がふんわりと、とても柔らかく受け止められる。

「……」

このソファは、ノイズと共に店を見て廻った際に蒼葉が一目で気に入ってしまったものだ。
しかし、そもそもノイズの部屋に置くものなのだし、自分ではなくノイズ自身の希望をこそ優先させるべきだろうと蒼葉は散々止めたのだが、当のノイズは笑って取り合わず、そのまますぐに購入を決めてしまったのである。
アンタの為のものを買いに来たんだから、とか、アンタが気に入ったのならそれ以上の理由はない、だとか。
余計な部分までもうっかりと思い出してしまい、蒼葉はひとり首を振る。

「…………はあ」

再生されてしまった記憶によって胸郭の内をくすぐられた蒼葉は、それを散らす為にふと窓の外を眺め遣った。
眼に映るのは、ただぼんやりと青いだけの空を背景にふわふわと浮かぶ幾枚かの白い布。
替えの包帯と、ノイズがいつも常備しているハンカチである。蒼葉には洗った覚えしかないので、ああやってベランダに吊るしたのはノイズ本人なのだろう。
この部屋にしても、ひどく乱雑なふうに見えてその実、別段汚いというわけでもなく。きれいに整えられているわけではないが、掃除自体はきちんとなされているようなのだ。そうした奇妙な几帳面さを垣間見るたび、やはりノイズの根底には『良い育ち』というものが敷かれているのだろうと、蒼葉は思うのである。
たとえ、本人がそれを望んでいないのだとしても。
ぼんやりとそこまで思索を流し、蒼葉はまた、溜息を落とした。
そう。そのこともまた、ノイズへの誕生日プレゼント選びをひどく難しくしている原因のひとつ、なのだ。

「マジで、ホントに、なんっにも思い付かねぇ~…!」

耐え兼ねたように、蒼葉はひとり頭を抱えた。
吐き出す声音はもはや、呻きや悲鳴といったものに近いような響きである。
これだ、と思えるような妙案は一向に見付からず、ずるずると時間だけが過ぎ、気付けば期日はすぐそこにまで迫っている。明日なのだ。焦ってどうにかなる問題でないということは蒼葉にもよく判っているのだが、コイルの日付を眼にするとどうしても気が急いて仕方がなかった。

「普通の物欲がないんだってことは、この部屋見りゃ判ることだし」

ぐったりとソファに身を沈めたまま、蒼葉は改めてあたりを見回してみる。
眼に入るのはほぼ機械のみで、いわゆる嗜好品めいたものは何処にもない。

「だからってパーツ、ってのもちょっとなあ……ここに置いてあるのが何をする為のモンなのかってことも俺には判んねーんだし」

ノイズにとってはこのおびただしい機械の群れこそが嗜好品なのかも知れないが、蒼葉自身が理解出来ていない以上そこを掘り下げていくのはあまり得策ではないだろう。
蒼葉がいま腰を下ろしているこのソファもノイズが望んで購入したものではないし、先日紙コップと紙皿しか使わないノイズを見るに見兼ねて蒼葉が揃えた簡素な食器の類も同じこと。この状態のまま長らく暮らしてきたのだから当然といえば当然なのだが、最近買い足されたものはほぼ全て、厳密な意味ではノイズ自身が必要としたものではない。だから、ノイズの暮らしが蒼葉の眼にどう映ろうと、そうした生活『必需』品を贈るというのも何だか違っている気がするのだ。

「だいたい……あいつ、めちゃくちゃ金持ってるみたいだし」

それに、懐事情についての問題というのもあった。
ラフラビットが上げる収益により、ノイズの懐は大層潤沢なのである。それこそ蒼葉などよりも余程。だから、万が一ノイズに人並み程度の物欲が備わっていたとしても、大抵のものは恐らく値札の額など気にせずにすぐ入手してしまえるに違いないのだ。
そしてもうひとつ、先刻もちらりと頭を掠めたことだが、更に悪いことにノイズは元々富裕層の生まれなのである。
そのことが今回の件に関わってくるかどうかは定かではないが、もしかすると無意識下で嗜好面などに影響を受けているのかも知れず、それについてもまた蒼葉は頭を悩ませているのだった。

「そんなやつに俺が買ってやれるモンとか、ホントにあんのかって話だよな……」

不安要素をずらりと脳裏に列挙し、蒼葉は改めて深く溜息を落とす。
立ちはだかる壁のあまりの高さに、見上げれば何だか眩暈さえ覚えてしまいそうだ。
未だ諦めてはいない。足を止める気はまだない。しかし、それにしても。
同じ案件についてもう何日思案しているだろう、それにも関わらず結論は未だ手の中にない。そう思うとやはり焦りもするし、疲れも感じてしまう。

「……」

蒼葉は思索に縮まった首筋をぐるりと解し。硝子のテーブルにぽつりとひとつ残されていたライムグリーンの立方体へと手を伸ばした。
ノイズのオールメイト、ウサギモドキだ。
直線のみで構成されており無駄がなく、とても機能的な造りをしているのにその反面、見目は妙にかわいらしい。当初はその差異が少し不思議なふうに感じられたものだが、今ではむしろそこがノイズらしいとも思う。
丁度、自身のオールメイトである蓮へする時のように、蒼葉はこつりとその小さなキューブに額を合わせた。

「…………俺の時に色々してくれたから、俺も贈りたいって思うけど……」

四月二十二日。蒼葉の為にと様々な品を用意してくれたノイズの言が、今でもずっと耳に残っている。
誕生日など、今まで気にしたことがないのだと。
確かにあの時のノイズはいつもとは違って何処かおっかなびっくりといった様子に見えたし、彼がどんな幼少期を送ってきたのかということも蒼葉は実際に『垣間見て』知っていた。だから、ノイズ自身が口にしていた通り、彼は誰かの誕生日を曰祝うことにも、自身の誕生日を祝われることにも、全く慣れていないのだろう。

「……」

そこにじんわりと淡く、蒼葉自身の記憶が重なった。
両親に関しての思い出はほとんど欠け落ちていたけれど、それでも蒼葉の傍にはタエが居た。紅雀も居た。蒼葉の誕生日には忙しいながらもタエが大抵何かしら用意してくれたし、紅雀を招いて共に騒いだことも、逆に紅雀の家へ招かれたこともある。年月と共に少しずつ風化し、輪郭がおぼろげに滲んでも、それは蒼葉にとって何にも替え難い大切な記憶であり、己の大事な礎なのだ。
それなのに。

ノイズは、それをしらないのである。誰からも、もらえなかったのだ。
痛みと同じく、ノイズは誕生日というものを知らずに生きてきたのだ。

それにも関わらず自分を祝ってくれたノイズを、蒼葉はひどくいとおしいと思う。その気持ちに報いたいと思う。同じく祝ってやりたいと思う。
知らないことは全て自分が教えてやると、約束したのだから。

「…………てか……、単純に、喜ばせてやりたいんだけどな……」

それに何より、好きだと想う相手なのである。喜ぶ顔が見たいと思うのは当たり前のことだ。
煩悶と、意地と、記憶と、望み。
それらを順に眺めるうちにふと、蒼葉はようやく鍵を得たような気がした。かちりと鍵の嵌る音がして、つまらない苦悩が明るく晴れていく。
一番奥に在るものは一体何なのか。
結局のところ自分にとってノイズにとって一番大事なことは何なのか。

蒼葉が一番に求めるとすれば、それはやはり―――

「…………よっし、」

遠回りし過ぎていた自分に呆れはするが、蒼葉は何だかすっきりとした気持ちになった。
向かうべき先が決まったのなら、あとはもう悩むことない。ただ進むだけである。

「……こりゃもう、驚かせたいとかそういうのはさっさと捨てて考えるべきだよな、やっぱり。 そうだよな、なんてったってノイズの誕生日なんだし……、ノイズに喜んでもらうのが第一だし。 つまんねぇ意地張ってる場合じゃねえよな、うん。 よし、戻ってきたらさっそく本人に欲しいモンあるかどうか訊こう」

贈るのなら、ノイズが本当にうれしいと感じるものでなければ。
誕生日とはうれしいものなのだということを、ノイズにも教えてやりたい。
ただ、願わくばどうか、ノイズの望むものが蒼葉にも入手出来るようなものでありますようにと。
それだけを考えつつ蒼葉はほんの少しだけ肩からちからを抜き、握ったままになっていたウサギモドキをテーブルの上へ戻そうとしたのだが。その時、何とはなしにふと違和感を覚え、蒼葉はそれを手許へ握り直した。
何かが、確かに意識へ引っ掛かったのだ。

「、……?」

感じた違和感の正体を突き止めるべく、ライムグリーンのそれをひっくり返したり軽く振ったりしながら蒼葉はそっと顔を近付けてみた。
すると。
周囲にたくさん機器が在る所為でそれらの生む雑音に大層紛れがちなのだが、ぴったりと耳を寄せれば確かに聞こえるのだ。虫の羽音にも似た、小さく振動するモーター音が。
このウサギを模した立方体自体は部屋の中にたくさん在る、が、ほとんどは外装のみか、或いは電気の通っていない休止状態のものばかりである。持ち主から離れているものたちなのだから、そうした状態であるのは当然のことだろう。
だから蒼葉は、自分が掌に乗せているこれもそうなのだろうとずっと思い込んでいたのだが。

「…………」

洩れ聞こえる小さな音は、残念ながらそうではない可能性を蒼葉へと示唆している。
これは、まさか。
そもそも、ノイズは以前にもこんなふうにオールメイトを―――

「…………、………………………………」

ぐるぐる、ぐるぐると、高速で蒼葉の記憶が巻き戻されていく。
果たして、これがここに置かれていたのはいつからだったのか。ノイズが出掛ける前には既に在ったのか、それとも無かったのか。しかしどちらにせよ、先刻蒼葉が悩み抜いた末に一応の結論を得るまでのあいだ、そこに在ったことだけは確かだろう。何しろ蒼葉は、それを自分の手に取っていたのだから。わざわざ。電源が入っている、そのキューブを。
つまり。
つまり、蒼葉は。

「……………………ッ!」

導き出されてしまったその事実へ蒼葉が到達した丁度その時、同時にのっそりと部屋の扉が開いた。
そこに立っていたのは勿論、ノイズである。

まさか、出掛けてさえいなかったのか。

一体、何故そんな嘘を。何が目的で。
羞恥や怒り、驚きが蒼葉の全身を駆け巡る。
ありとあらゆる感情がいっぱいにまで溢れ返り、詰問か或いは一方的な怒号か、ともかく喉までせり上がってくるその奔流を是非とも浴びせてやらねばと、震える拳を握り締めながら蒼葉は一歩、そちらへと詰め寄ったのだが。
ノイズの様子を見た途端、思わずぴたりと停止してしまった。

「…………って、……えっ……??」 

部屋の中にまで入ろうとせず、扉の前で立ち尽くしたまま俯いているノイズの頬が、本当に、ぎょっとするほどひどく、赤いのだ。
何度凝視しようと、それは決して見間違いではなかった。
ノイズの眼許や頬が本当に、真っ赤に染まっているのである

「…………、わるい」

これは、一体何なのだろう。もしや、熱でも出たのだろうか。
あまりの紅潮ぶりに、蒼葉は爆発寸前だった感情の塊をすっかりと脇へ押し遣って、俄かに心配してしまったのだが。
耳の先までもを赤く染めているノイズは顔を俯かせたまま、蒼葉が何か訊ねるよりも先にぽつりとひとつ言葉を落とした。その声音は、常のノイズからは想像もつかないほどひどく頼りない。

「嘘ついて出てったのは謝る……けど、まさか……、アンタが、そんな、」

半ば独り言のようにノイズはそう言い、赤い顔のまま小さく息をついた。
一瞬前までは確かに一言くらいは何か言ってやらねば到底おさまらない、という勢いだったのだが、しかし吐き出す前にノイズの方からこんなにも殊勝に謝られてしまっては。
唐突に矛先を見失ったかたちの蒼葉はとりあえず意味もなく己の首筋を撫で、立ち尽くすノイズの方へと歩み寄った。

「…………とりあえず……まず、お前の言い訳から聞くことにする。 まあ、たぶん怒らねえから言ってみろよ……なんか理由があったんだろ?」

努めてやさしくそう訊ねる。
少なくとも今のノイズは、理由もなくただの思い付きでこんな悪趣味なことを仕掛けるような男ではない。蒼葉はそう信じている。否、以前の件とてノイズにとってはちゃんと『意義のある盗聴』だったのだろうけれど。
掛けられた言葉に、ノイズの眼線が少しだけ持ち上がった。

「………………たぶん?」
「ん? ああ、いや、まあ、そりゃ……とにかく聞いてみないことにはさ」
「…………まあ、俺が悪いんだし。 別に、いいけど……、」

そう呟きながらノイズは肩を竦め、何処か観念したように二拍ほど置いてからゆっくりと口を開く。
その唇の動きをじっと見詰め。蒼葉は己に向けられる言葉をただ待った。

「…………最近アンタがさ…………、明らかになんか悩んでるみたいなのになんにも話してくれねーから…… だからちょっと、いや、結構すげー気になって。 それで、もし俺には話せねぇとしてもアンタのオールメイト…蓮にならもしかしたら、って思って……でも、まさか……そんな内容だとは思ってもみなかった、つーか……だから、その、…………なんつーか、ホント、悪い」

大層歯切れ悪く、たどたどしくノイズは言葉を並べ、おさまりかけていた頬を再び紅潮させた。

「…………」

聞かれた自分ならともかくも、何故盗み聞きをした方のノイズが赤い顔をしているのだろうと、蒼葉は先刻からずっと不思議に思っていたのだが。どうやらその謎は解けたようである。

この男はつまり。
とんでもなく照れている、ということなのだろう。
蒼葉が、他ならぬ己の誕生日について悩んでいたのだという事実を知ってしまった所為で。

理由が判明した途端、つられて蒼葉の頬もじわりと熱くなる。
そんなにも。そんなにも自分は悩んでいただろうか。確かに、長らく煩悶していたのは事実だとしても、少なくともノイズ当人の前では通常通り素知らぬ顔をしていたつもりだったのだが。それなのに、ノイズに盗聴まで敢行させてしまうほど平静な様子でなかったとは。
煩悶の内容を本人に聞かれてしまったこと自体もそうだが、煩悶が存分に洩れ出ていたという事実も蒼葉にとっては大層衝撃的で、そしてひどく恥かしかった。

(どんだけ判りやすいんだ、俺!)

けれど。やはり、ノイズの行動には真当な理由があったのである。
それも、自身の為というよりは他ならぬ蒼葉の為、と言って良いような理由が。
蒼葉は、頬だけでなく胸の奥にも何か温かいものが湧いてくるのを自覚した。

「…………それって、お前なりに心配してくれてた、ってことで、合ってる? その、まあ、方法はアレだったけど」

熱をごまかすようにして自身の頬を擦りながら蒼葉がそう言うと、ノイズは少し困惑したように視線を彷徨わせる。

「…………心配……つか、……すげー気になって」
「……そう。 気になって、ね」
「うん。 で…………、結局、怒らねーの?」
「ん?」
「俺が盗み聞きしてたこととか、あと、嘘ついたこととか」
「あー、」

確認されて、ようやく思い出す。
ああそういえば自分は騙されたのだった、と。
あれほど驚いたり羞恥に震えていたというのに、その後に起こったことが大層衝撃的過ぎた所為ですっかり頭から飛んでしまっていた。つくづくと、我ながら単純な構造をしているとは思うけれど、蒼葉はそれを己の短所だと考えてはいない。
未だ薄赤い顔でしょんぼりと視線を落としているノイズが何だか可笑しくなり、蒼葉はわしわしとその髪を撫でる。こんな顔をしているノイズを、今更怒鳴りつけられるはずなどないではないか。

「………全く……なんつう顔してんだよ、もういいよ、反省してんだろ? 心配してくれてたってことは判ったし、二度とやらないって約束するんなら別に怒らねーから。 それに……お前のコレには散々盗み聞きされてきたってのに、それをスッカリ忘れちまってた俺も俺だからな」 

罰の一環だとでも考えているのかおとなしくされるがままになりながら、ノイズが蒼葉の言葉にほんの少し唇を尖らせる。

「……散々、ったって……二回しかやってねーし。 まあ……今回のを入れれば三回だけど」
「三回盗聴された、っつったら充分多いと思いますけどね、俺は」
「……………………だから……、さっきから謝ってるし。 もうやらねーよ……たぶん」
「ちょ、多分ってなんなんだよ多分って。 そこは断言しなきゃいけないところだろ?」
「…………」
「おーいノイズくーん? ちゃんと俺の眼を見て言ってみようかー?」

そう言いながら蒼葉がほんのりと熱い頬を両掌で挟み込むと、ノイズはあからさまに煙たそうな顔をして眉をひそめた。
ごくごく歳相応の、とても自然なその表情。
蒼葉はそれをじっと見詰めた。
以前時折点滅していたようなひんやりとしたかなしい陰りは、もう何処にも見当たらない。見付けることは出来ない。
そう、無いのだ。彼の中にはもう。
そもそも。蒼葉は、自分がこの男の感覚を取り戻したのだとか、そんな大層なことを成したつもりはまるでなかった。
ノイズは頭のいい男だし、機転も利く。それに、感覚を欠いている所為で他人との距離を測ることが出来なかったとはいうもののミオやタエに対しての気遣いは確かにあったし、当人がそうと口にするほど酷い状態であるようには思えなかったのだ。だから、自分がお節介などしなくとも、ノイズはいずれ自力で感覚を戻すことが出来たのではないだろうかと蒼葉は思うのだ。
それなら、それでも良かったと思う。どちらであれ、ノイズが満たされるのならば蒼葉はそれでいい。
けれど。その一方で、こんな風に自分を創り変えたのは瀬良垣蒼葉なのだと言うノイズの言葉を、とてもうれしいとも思ってしまうのだ。きっかけになれたことがうれしいと。
そう感じるのは、やはり蒼葉自身がノイズをいとおしく想う所為なのだろうか。

(…………ほんっとに、俺はこいつのこと、)

胸の底にじんわりと溜まるむずがゆいような温かさに押され、蒼葉はすぐ眼の前に在るノイズの頬へ口付けた。

「、」

ぱちぱちと少し驚いたように眼を瞬かせるノイズの睫毛が間近に見える。
素直に感情があらわれるさまをこうしてすぐ近くで眺めるのは、とても感慨深くもあり、そして何となく楽しいものだ。

「…………でさ、話を元に戻すと、まあ、お前も聞いた通りなんだけど。 何か、欲しいモノって、ある?」

蒼葉が開き直ってそう訊ねると、ノイズの視線がまた僅かに泳いでしまった。

「……………………驚かせたい、とかって言ってたんじゃねーの? そういうのはもういいわけ?」
「ああ……、そりゃ、最初は絶対びっくりさせてやるって思ってたけどさ……、でも、そっち優先させ過ぎてお前の喜ぶモノ用意出来ない、とかになっちまったら、それほんとにマジで意味のねーことだし」

驚かせてやりたいという密かな野望は、先刻とても珍しい紅潮顔を眼にした所為で実は既に達成されたような気になっているのだが、その部分に関しては一応口を噤んでおく。
どうせ独り言も筒抜けだったのだし、そもそも本人に直接訊ねようと丁度決意を固めたところだったのである。だから、多少は自棄になっている向きもあるとはいえ、今更心の内を晒すことに抵抗などないのだが。問われている方のノイズはといえばどうやらそうではないらしく、蒼葉の腰に置かれている掌が何だか妙にぎごちない。

「…………アンタ、」
「ん?」
「一体何があったんだって思ってたけど……、ほんとに、俺の誕生日なんかのことであんなに悩んでたんだな……」

しみじみと、静かな驚きを含んで吐き出される。
そのノイズの言が、蒼葉の胸郭に小さな引っ掻き傷を残した。
何故、この男がそういった言い方をするのか。己の生まれた日を特別なものとして考えることだ出来ないのか。その理由を蒼葉はようく知っている。
だからこそ。蒼葉は、それを砕いてやらねばならないのだ。ノイズの足の向く先を変えたのが蒼葉だと言うなら、ちゃんと手を引いていかねば。
何より、それが蒼葉自身の望みでもあるのだから。

「……お前な、誕生日なんか、とか言うなよ」

そうした思いを乗せて、丁寧に否定する。
すると。それがきちんと正しく伝わったのか、それとも本当は彼自身もう理解出来ていたのか、ノイズはやわらかく口許を緩めた。

「……………………、そう、だな」
「……うん。 だろ?」
「俺が生まれてなきゃ……、こうやって、アンタにも会えなかったし?」

先刻までただぴたりと触れ合わせているだけだった掌にちからがこもり、蒼葉の身体がノイズの方へと引き寄せられる。
鼻先から覗き込んでくる眼差には、常の生意気な色が戻りつつようだ。

「そ、…………ま、まあ、な、そういうこと」

確かに、それはいいのだが。
蒼葉は、間近に迫るその眼差から己を逃がすように視線を泳がせた。

「アンタってさ……いつも自分から恥ずかしいこと言い出すくせに、逆にこっちが言うとすぐ照れるよな。 ヘンなの」
「へ、ヘン……!? し、しょうがねぇだろ! お前の言うことの方がいつもいちいち恥ずかしいっつうの!!」
「別に普通じゃね? まあ……そうやって慌ててるアンタを見てるのは面白いし、可愛いから別にいいけど」
「かわ、…………」

あんまりな形容に蒼葉が思わず息を詰まらせると。仕返しに成功したような顔でノイズは笑い、蒼葉の口許へ口付けた。

「で…………誕生日に何が欲しいのか、だっけ? アンタの質問」

そうして、唇のおもてを触れさせたまま言う。
全く、先刻までの狼狽ぶりは何処へ行ってしまったのだろう。皮膚に伝わる声音の振動をややくすぐったく思いながら、蒼葉は頷いた。

「ああ、だけど……お前も判ってると思うけどさ、俺、そんなに金もってないから。 だから悪いんだけど、出来れば俺にでも買えるような範囲のモノだとありがたいかなーって」

欲しいものは何だ、と訊いておいてそう断りを入れるのは何だかひどく締まらない話である。とは言え、こればかりは仕方がない。
そんな蒼葉の諸々を察しているのかいないのか、ノイズは少し考える素振りをしながら軽く眉を上げた。

「……欲しいモノっつったらもう決まってるけど。 値段はどうかな……高いんだか安いんだか」
「、なんだそりゃ?」

ノイズ自身値段を把握していないというのに、それを贈れというのだろうか。
出来得る限り希望に沿ってやりたいとは思うものの。脳裏に貯金残高の数字を浮かべ、蒼葉はやや青褪めてしまう。しかし、そんな蒼葉の背をただただゆったりとやさしい所作で撫でながら、ノイズは言葉を続けた。その唇が一瞬、何となく言い淀んだように見えたのは蒼葉の気の所為だったのか。

「…………アンタさ……、確か、明日も仕事入ってるって言ってたよな」
「、しごと?」

唐突な問いに眼を瞬かせながらも、蒼葉はとりあえず頷いて応えた。

「ああ、まあ……普通に夕方まで入ってるけど、何? 入荷の前だから今はあんま人来ないし、たぶん早めに上がれるとは思うけど、」

食事ならその後でも充分間に合う。そう言い掛けたところへ、ノイズの声が重なった。

「それさ。 どうにか休みにはなんねーかな」

ノイズと蒼葉の間に落ちる半瞬の空白と、ぶつかる視線。

「、っえ」
「何が欲しいか、ってアンタ、さっき訊いたよな。 それがその答え。 俺が欲しいのは、明日のアンタの時間、なんだけど」

蒼葉は、至近距離に在るノイズの顔を思わずじっと見詰め直した。
明るい碧のきれいな眼にも、そう言う声音にも、表情にも。何処にも、冗談めいた色は見当たらない。
 
「……まあ、アンタの時給どれくらいなのかとか俺は知らねーし、誕生日プレゼントにしてはすっげぇ高くつくのかも知れねーけどさ…… でも、正直に言わせてもらうんなら、俺が一番欲しいのはソレだから」

どうせなら、一日中アンタに祝って欲しいし

そう言って、ふんわりと眼を細める。
いま浮かべている笑みが一体どれだけやわらかいのか、ノイズ自身果たして気付いているのだろうかと蒼葉は思う。

(…………くそ、これ、反則だろ……)

見詰めているうちにじわじわと、化学反応でも起こすように蒼葉の体温が上昇した。
これ以上熱くなるとノイズにも気付かれてしまいそうだ。

「でも、ま……、色々都合とかあるんだろうしな。 全然、無理にとは言わねーけど。 ダメなら、なんか他のモノ考えるし」

首を傾げながら、ほんの少し残念そうに言う。
そんなノイズを笑い、蒼葉はその鼻先をぴしりと指で弾いてやった。

「……ハハ、なーにを気ィ遣ってんだか、このガキ。 お前はそういうキャラじゃないだろ~?」
「ッてーな、なんだよ……、」
「だからー……、ワガママとか、別に言ってもいいっつってんの。 お前の誕生日だろ? そんでさ、お前の一番欲しいモノがそれなんだろ?」

そして、その望みは蒼葉にしか叶えられないのだ。
それならば。答えはただひとつしかない。
蒼葉はノイズの首を引き寄せて、そのままぎゅっと抱き締めた。

「…………せっかくの誕生日だもんな。 いいよ……、一日中ずっとお前の傍に居て、俺がお前を祝ってやるから」

はっきりと言葉にするのはやはり少し恥ずかしいけれど、そう口にした言葉にも、その言葉を浮かべた心にも、嘘偽りなどは一点もない。
この男がそれをこそ求めるというなら、蒼葉の中には躊躇も逡巡も有り得なかった。

「、………………蒼葉」

瞬間、身体を抱き返され。すぐ耳許にノイズの声が落ちる。
吐息と半ば溶け合うような己の名。
ただそれだけで、ノイズが今どんな気持ちでいるのかということがありありと、それこそ手に取るように伝わった。この男がどれほど自分を想っているのかということも。
羞恥とくすぐったさに首を縮め、蒼葉はふわりとノイズの頭をはたく。

「バーカ、プレゼントは明日だろ。 だから、お礼の言葉とかそういうのも明日。 な?」

蒼葉がそう言うと、ノイズは一瞬突然水を掛けられたような顔をしたが、苦笑混じりに口角を吊り上げてみせる。

「……、………………かも、な」
「だろ」
「そうだな……、明日はたっぷり一日あるんだし。 まあ、明日まで取っとくことにする」
「? ……ふーん? そんなに色々やりたいこととかあるんなら、とりあえずちゃんと計画たてとかねーとな」

少しでも、ノイズがたのしいと感じられるように。
誕生日をうれしいと思えるように。
生まれて来て良かったと、少しは考えられるように。

「ま……、そのへん、買い物ついでに考えようぜ。 誰かさんは結局、なんにも買って来なかったわけだしな?」

明日誕生日を迎える当人よりも余程浮かれた気分になりながら蒼葉はそう言って、掌をノイズの手にぴたりと合わせる。すぐさまそれは握り返されたが、声音だけは呆れたようにノイズが鼻を鳴らした。

「………………アンタって、相変わらずうぜえよな……」
「うるせー! うぜーとか言うな、ガキ!」
「歳上だっつうなら、盗聴くらい余裕で流せよ」
「流せるか、バカ!」

軽い言葉を交換し、時折皮膚に触れ、唇を絡める。
それらはひどく平穏で、ひどく平和で、ひどく幸福で、ひどくいとおしい。



その合間に明日休む為の言い訳を考えながら、蒼葉はふと首を捻る。

明日はノイズの誕生日で、贈るのはノイズの為のものなのに、それなのに。

(そのプレゼントは、贈る俺もすげーうれしいモンで……ホントにそれでいいのかな??)

その疑問はいとおしく流れる時間の中へ滲み、薄くなって、やがて消えた。



























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どうしても誕生日話というとプレゼントは俺!ネタになってしまってどうもこうも…


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