melancholia//サイトの更新履歴兼、その時々のプレイゲーム日記、二次文章など。
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2012/02/17 (Fri) 鬼祓師小話 / 『円周』鍵編

予想以上に遅れてしまいましたが、ようやくお送り出来ることに相成りました。
『円周』鍵編です。鍵編というか七代編というか。
これで目出度く完結ですね!

……オチがちょっとアレなので苦情を受けてしまいそうな気がものすごくするのですが、その、えっと、お、おてやわらかに……

というわけで、お手柔らかにしてやるぜ!というおやさしい天使は追記から。














『円周』














「おや坊、眼が醒めやしたか」



幾重にも重ねられた布団の下で、七代千馗はうっすらと瞼を開いた。
その気配を受け、鍵が枕元から覗き込む。

開いたばかりの眼は未だ焦点が定まっていないようだ。
そのままひとつ瞬きをし、部屋の様子を確かめるようにゆるりと宙を彷徨って、それから覗き込んでいる鍵の顔へと再び帰ってくる。
見詰めている、というよりは、ただ虹彩に映しているというような。
鍵の方へ向けているそれは、何もない、ただただ虚ろなだけの眼差だった。常々彼が宿していたような、秘法眼としての強いちからの閃きらしいものは、いま欠片も見当たらない。
薄い頬はまるで紙のように青褪めていたし、唇も同じく色味が差していなかった。元々血色の良い方ではなかったが、しかしそれにしても。
鍵は、虚ろな視線を受け止めながら僅かに首を傾げた。

「…………気分は、どうです? ちゃんと私のことが判りやすかい?」

眼を醒ましたのは良いが、意識の方もちゃんと覚醒しているのだろうか。眼前に居るのが誰なのか、果たして認識出来ているのか。ひかりを宿さぬこのくすんだ黒を見ていると、どうにもそうとは思いづらいのだが。
そう考えながら、ややおっかなびっくりのていで様子を窺いつつ鍵が訊ねると、彼は虚ろな眼差を真直ぐ鍵へ向けたまま、錆びついたものを無理に動かすようなぎごちなさでほんの少しだけ唇を歪めた。
何か、応えようとしているのだろうか。
彼の僅かな所作を見遣り、鍵はこぼれ落ちようとする声音を拾うべく彼の口許に顔を寄せた。
のだが。
まさに絞り出す、といった風に彼が発した言葉は、

「……………………、………………しょう、わ、る、きつ、ね、……だろ?」

大層、鍵の予想を裏切るものであった。
地響きか、或いは蝉の濁った羽音か。そんな恐ろしくひび割れた声音でもって発せられたのは、呼び掛けに対する返答というよりは単なる悪態である。彼が唇を歪めたのはもしかすると喉の痛みをおした所為ではなく、この大変七代千馗らしい言に添えた笑みのつもりだったのかも知れない。
様々な思いの為に鍵は一瞬ぽかんと呆気に取られたが、途端、眼前で彼が激しく咳き込み始めたのですぐに我に返った。布団の下で彼の身体が海老のように丸まり、痛々しく跳ねている。

「…………どうやら舌だけはお元気なようで……、まァ、何よりです」

鍵はそう言ってやれやれと肩を竦め、とにかく彼の背を撫でた。
見目はともかくとしても、中身の方はどうやら案外と正常に機能しているようだ。這い寄る衰弱の黒い手が彼の気力までもを浸食し切っていないことは確かに、大層喜ばしいことなのだろうけれど。
そう考えつつ鍵はひとつ溜息を落とし、苦しそうに上下する肩を抱いて彼の上体を床から起こしてやりながら、空いているもう一方の手で白湯を注いだ。
盆に在る急須と湯呑は、彼が眼を醒ました時の為にと羽鳥清司郎が枕元へ置いていったものだ。(ちなみに勿論、ありったけの布団を掻き集めて彼にかぶせたのも同じく清司郎である)最後に清司郎が来たのは少し前のことだから既に冷めてしまってはいるのだが、彼のひび割れた喉には何より有り難く、有効なものだろう。
差し出された湯呑に彼は少しだけ不本意そうな表情を見せたが、自身の身体が予想以上に弱っているのだということをようやく悟ったのだろう、結局はおとなしく受け取り、そろりと口をつけた。

「眠っている間もずっと咳が出てやしたからねえ……起きて早々満足に声が出なくてもそりゃァ道理ってもんです」

鍵の言葉に、彼が肩を竦めてみせる。
顔色は先刻と同じく依然として青褪めたままだったが、虹彩に白く掛かっていた虚ろなもやは僅かに晴れつつあるようだ。黒い眼のおもてにほんの少しだけひかりが戻り始めている。彼の身体も少しずつではあるが快方へ向かっているのだろう。
とは言え。
鍵の掌へじんと伝わってくる彼の体温は、未だかなり熱かった。ひんやりとしているのが彼の常だからこの熱では大層つらいに違いない。

「まだ、それなりに熱もあるようで……喉もそうですが、頭もかなり痛いんじゃありやせんか?」

だから鍵はそう訊ねたのだが。
表情だけは妙にけろりとして、彼は容易く首を振ってみせる。

「いや。 ぜんぶ、許容範囲、内、だけど」

平然とそう応える彼と鍵の視線が、ごくごく近いところでぱちりとぶつかる。
数秒間そのまま視線を交わらせたあと、鍵の口許から無意識の嘆息がこぼれた。

「…………はァ。 ……きょようはんいない、ねえ……?」

許容範囲内、と彼は言うが。
許容出来る範囲の中にある、というのは一体どういう意味なのだろう。つまるところ痛いのか、そうでないのか。そもそもこれは先程の問いに対しての返答にはなっていないのではないか。
或いは、そうしたことを全て理解した上での意図的な答えなのか。
確かにこれも先刻の言葉と同様、ひどく七代千馗らしい物言いではあるのだが。

「…………成程」

脳裏に浮かぶ疑問の数々をそのまま口にして追及してみようかとも考えたが、結局鍵は苦笑を湛えたままとりあえず流しておくことにした。
何も衰弱していることを憐れんでの酌量ではない。ただ、彼自身がそう言うなら、と思っただけである。
七代千馗というこの子供がとりわけ『こういった類のもの』に関して頑なであるということは鍵も既によく知っていたし、それをおしてまでわざわざ強硬に追及したとしてもこの場合、別段面白いものが見られるというわけではないだろう。ならば。そうすることに然程の意味はない。

大事なのは、己が興味を引かれるか如何か、ということのみ

鍵とて当然、彼の身を案じてはいる。
けれどそれは、ごく普通に杯へ収まる程度のもの。そこから溢れて止まぬような、そんなものではない。
無理矢理にでも通したいと思うような強い欲求も、自身の手に余るような激しい感情も、そんな過剰な何かは鍵の中には存在しないのである。
そう、そんなものは、ないのだ。
彼自身が大丈夫だと言うのならそれ以上のものは無い。鍵にとってはそれだけで良かった。

白湯を飲み干し、からになった湯呑を掌で包みながら、彼がふと窓の方へ見遣る。

「それよりさ…………おれ、けっこう、ながく、寝てた……ん、だな?」

差し込んでくる陽光の明るさを見ているのだろう。
広がり掛けた思索を一旦畳み、鍵もそちらへ眼を向けた。

「…………ええ、まァ、そうですね、けさ此処へ運ばれてからずっと今まで眠ってやしたから。 ああ、そうそう、其処に在る……ええっと、けいたい、でしたか? いきなり起きて一度それを弄った以外には」
「、けいたい?」
「ええ」

そのとき放り出されたきりになっていた鮮やかな色のその小さな箱を手渡してやると、彼はそれを見詰めたまま鍵の腕の中で小首を傾げた。
妙に不思議そうな面持ち。もしや、彼にはその時の記憶がないのだろうか。
ぷっつりと気を失うようにして深い眠りについていたのに、突然眼を醒まし、唸りながらも必死に瞼を持ち上げて操作をしていたから、きっと余程の用向きだったのだろうと鍵は思っていたのだが。案外とそうでもなかったのだろうか。

「…………じゃあ、玄関先で倒れた時のことはちゃんと覚えてらっしゃるんで?」

訝しげに画面を眺める彼へ鍵は重ねて訊ねたが、彼はやはり首を傾げたまま。

「…………ん、うっすらとは」
「うっすら、ですか」
「うん」

結局のところ自分のした操作に心当たりがあったのか無かったのか、彼は一瞬だけ苦笑を上らせてから静かに携帯電話を閉じた。
骨の浮いた彼の指をじっと見詰めながら、鍵は考える。
携帯電話を弄っていたことも、登校しようとした矢先に突然玄関先で倒れた時のこともほとんど覚えていないと言うのなら。
それなら。

「なァ、鍵」

思索する鍵の意識をこちらへ引き戻すように、彼が鍵の名を呼んだ。
少しは持ち直しているが、それでも顔を見ていなければ彼のものであるとはとても思えぬようなひび割れた声。

「お前…………俺が寝てる間、ずっと、ここに居た、の?」

彼の黒い眼が持ち上がる。
半瞬挟んで、鍵は微笑んだ。

「ええ。大抵は」

返した答えの輪郭はあまり明確なものではなかったが、幸いにも彼はその部分を問題にはしなかったようだ。
小さく咳をしてから彼が再度口を開く。

「……ならさ、ひとつ、訊くけど」

病人然とした七代千馗の眼にちらりと、閃光のような強い点が灯ったように見えたのは鍵の気の所為か。鍵の掌に預けられた彼の肩がほんの一瞬硬くなる。

「…………そのあいだ、あいつらは……、雉明と、白は、ここには来なかった……、よな?」

鍵を見上げる彼の眼が睨みつけるような勢いを帯びた。
表情の揺らぎひとつも見逃さず、嘘をつくことは決して許さない。そんな、有無を言わせぬ厳しい眼差。

「来なかった、よな?」

念を押すようにして彼が重ねる。
それほど、彼が事実としてそれを強く望んでいる所為だろう。そのことを重々承知している鍵は淡く微笑みながら、強張る彼の肩をあやすようにして柔らかく撫でた。

「…………ええ、坊のお望みの通り。鬼札殿も白札殿も、此処には一度もいらっしゃっていませんよ」

ほとんど記憶が無いと言っていたから、もしや、あの件に関してのことも、と思ったのだが、

「そっ、か」

鍵の答えに、彼の張りつめていた視線がふと緩む。
そこに滲んでいるのは明らかな安堵。

どうやら、こちらに関してはそうではなかったようだ。


鍵は彼の問いを反芻する。

彼らが此処を訪ねたか、などと、

そんな問いを口にすること自体、可笑しなことだ。
訊ねる意味など無いだろうに。

来るわけがないからである。
白は激しく反発して飛び出して行ったまま未だ戻ってきてはいなかったし(鈴が慌てて追ったようなのだがその後のことについて鍵は知らない)、一方雉明零の方はといえば。
鍵の脳裏にぼんやりと、無彩色の青年が蘇る。
半身である白のように近付けぬのであればいっそ、と、遠くへ飛び出していくことも出来ず、とて、あるじからの言を破ることも出来ず。鴉羽神社の境内にてひとり立ち尽くす以外どうする術も無く、己の欲するところとあるじの命じるものの狭間で翻弄され、ただただ懊悩する。
ああ言われてなお此処に来れる程、彼の言葉はあの青年にとって(否、白にとっても)軽いものではないだろう。そして不幸なことに湧き出る己の欲求も同程度の質量を持っていて、ゆえにどちらも消えることなく胸郭の内にてせめぎ合っているのだ。
捨て切れぬからといってそう容易く自身の欲を優先出来るのであれば、あの青年も恐らくあれほど悩みはしないのである。

「…………満足、ですかい?」

彼らのあるじたる彼があまりにも眼に見えてほっとした様子だったので、鍵はそう訊ねた。
鍵自身はそこに他意など含めていないつもりだったのだが、見上げてくる彼の視線は鋭利だった。

「あたりまえだ」

掠れた声音はそう言い切って、言葉を続ける。

「………………風邪なんて……、ひかない方がいいだろ」
「ご自分の風邪が彼らに感染るから、と?」
「前ならまらしも……あいつらはもう、ほとんど普通のにんげんに近い身体になって、る。 だから、今ならにんげんの病気だって、ふつうに、感染してしまうのかも知れない。 もし、そんな曖昧な状態の身体が、病気なんかにかかった、ら……」

俯いた彼の眼許を黒い髪がさらりと隠す。

「…………なった後の対処法を考えるくらいなら……、最初から、感染しないようにする方が、いいに決まってる」

起き抜けの時よりも彼の調子は随分と良くなってきている。
けれど鍵の眼には、激しく咳き込んでいた先刻よりも今の方が余程苦しそうに見えた。
そう口にしながらも彼は結局、彼らにきつい言葉を投げつけるのがつらいのだ。本当は、それも嫌なのである。けれど、どちらがより大事なのかということを考えれば自ずと彼のするべきことは決まってくる。彼のした選択は、つまりそういうことなのだろう。

「坊の考えていることは判りやすよ」

鍵は出来得る限りやさしげな声音になるよう努めながらそう言った。
選択をした彼の苦悩も、それを向けられた彼らの悲嘆も、それらは一切鍵には関わりの無いことだが、そんな鍵の胸中は別としてもここに居る彼はこうして傷付いているのである。ならば、そうするのが正しい反応だろう。
彼の硬い肩をふんわりと己の方へ寄せる。

「坊は…………、鬼札殿と白札殿が、とても、大事なんでしょう?」

坊はあのお二方を特に溺愛してやすからね、と言うと、布団の上に在る彼の拳がぎゅっと強く握られた。

「そうだよ」

そう、だからこそ。
彼はあの時あれほど強く言ったのだ。ここへ来ようなどという気を一切起こさせないよう殊更に厳しく。それは判る、けれど。
彼には、彼らを大切に思うその裏で捨てしまおうとしているものがある。或いは、彼の厄介な性質を考えれば最初から視界の内にさえ入っていないのか。
立つ位置が数歩遠い所為か、鍵の眼には双方それぞれの抱えるものがどのようなものなのか、全てようく把握出来ている。鍵と違い、恐らく彼らは距離が近過ぎるあまり近視になっていて、互いの抱くものを正しく認識することが出来ないのだろう。

いくら互いに案じていようとも、こう噛み合わぬのでは、

鍵はほんのりと唇だけで微笑みながら、見えていない彼の為にそれを突き付けた。

「坊が彼らをそれはそれは大事に思っているってのは充分に判りやす、しかし坊…………、坊のことはどうなるんです?」

鍵の静かな声音に、彼が訝しそうな表情を向ける。
ああ、やはり判っていないのだろう。
鍵は眼を細めた。

「自分が今どういう状態なのか、ってのは判っていやすよね? 突然倒れ、熱に喘ぎ、そしてひどく衰弱している…… 彼らを案じるのもいいですが、寝込んでいる坊の看病はどうなるんです? 感染するからと言って皆を遠ざけて、それで、自分のことはどうなさるおつもりで?」

彼が彼らを大事に思うように、当然、彼らも彼が大事なのだ。恐らくは何よりも。
それは鍵でなくとも、他の誰の眼から見ても明らかでとても簡単なことである。それなのに、他ならぬ彼自身はその事実を心の片隅にさえも置いていないのだ。彼の考慮の内には自身に関わるそうした部分は含められていないのである。
そうして、己の身を一切厭わぬ彼は、番人たちに対して自分のあるじには決して近付くなと、必ずそうせよと、きつくそう命じるのである。彼らにとって七代千馗という存在が唯一無二の、何よりも大事なものであるにも関わらず。
何より大事なあるじ本人から自分のことを必ず捨て置けと命じられるのは一体どんな心地なのだろう。そう言い付けられた時の番人たちの様子を思い出しながら鍵は想像する。
口にした彼自身にとってもそれは確かに苦い選択だったかも知れない、やむを得ぬ遣り方であったのかも。しかし己の身に対し重きを置かぬ彼にはやはり、彼らの胸の内を推し量ることは難しいのだろう。
彼らにとっての苦痛は何も厳しい言葉を投げられたことではなく、近付くなと言われたその言の中身だというのに。病に倒れたあるじを放っておかねばならないことこそが彼らの悲嘆だというのに。
彼にはそれが、判らないのだ。

そして、そのひどく酷な命を下したあるじは眼を眇め。鍵の問いに対し、

「……そんなもん、どうでもいい」

とだけ、ただ短くそう言い切った。

「どうでもいい?」

ゆっくりと反復した鍵の眼下で彼の頭がひとつ頷く。

「おれのことなんかは、どうでもいい、だろ。 俺は、どうにかなる。 それより俺は……、あいつらが元気なら、それで、い、い」

自分が求めるものはただそれだけなのだ

そう言って鍵を見上げる彼の黒い眼には、確かに迷いなどありはしないようだった。
彼にとってはそれこそが当たり前の真実であり、望みであり、そこには嘘による曇りなど一点もないのだろう。
尤もこの場合、正直であることは別段良いことでも何でもないのだが。

「つまり坊は、ご自分の身よりもお二方の無事こそを望まれる……と?」
「……あたりまえだろ。 比べるまでもない」

吐き捨てるように落ちた彼の言葉は、やはり断定的だった。
自分の身を勘定に入れず、ただ相手の安寧だけを望む。たとえ愛する相手が悲嘆に暮れようとも、どう言おうとも、まるきりそこには眼を向けようとせずに。
彼が己というものに全く重きを置かない質であることは鍵とてよく知ってはいる、しかしこの場合相手が相手なだけに鍵はどうにも苦笑を禁じ得なかった。
何故なら、乱暴で盲目的なその遣り方は、ほんの少し前に彼がひどく憤怒し蹴り飛ばしたものだからだ。他でもない、七代千馗自身が。なのに今、あれほど腹を立てていた筈の彼が同じ遣り方をするとは。鍵にとってそれは、まさに滑稽としか言いようがなかった。
だから先刻と同じように、鍵はそのままそれを口にした。
彼らさえ健やかならば己の身など、と口にする彼が果たしてそのことに気付いているのかどうか。それを直接確かめる為に。

「…………しかし、坊。 貴方のそういう遣り方は…………、少し前に誰かさんがやろうとしたのとまるきり同じものじゃないかと、私は思うんですが……ねえ?」

殊更呑気な調子で言ってやる。
明言こそしなかったが、彼もさすがにすぐ思い当たったのだろう。鍵が一体何を言おうとしているのかを。
瞬間、やつれた瞼が引き攣り、はっと弾かれるように彼の眼が鍵を捉えた。

「、…………」

己だけに向けられたその稀なる黒い色を存分に眺めながら鍵は淡い笑みを湛え、じっくりと彼の中で交錯しているものを吟味する。
これはもしかすると、自覚していなかったのだろうか。
もしそうなのであれば彼はやはり、自身に関する事柄についてだけはとても鈍く、見えていないものが多過ぎるということになる。

何処か愕然とした様子で彼は鍵を見詰め、それからひどく傷付いたようにおもてを伏せた。
やはり、自覚はなかったのか。
確かに、気付いていなかったのだとすれば、鍵の突き付けた事実は彼にとって、足許に築き上げた砂を全て崩し去ってしまうような大きな白波のようなものだったかも知れない。けれど。全くの無自覚であったとしても、或いは意識外にたまたま同じ遣り方を選んでしまったのだとしても、どちらにせよ鍵には到底理解し得ぬことである。
有り得ぬことだと、そう思うのだ。
普段はひどく聡いくせに自身のこととなるとこうも思慮に欠けてしまうのも、あれほど憤怒していたにも関わらず意識せぬところで偶然同じ方法を選んでしまったことも。事実がどちらであったとしてもそれはあまりにも愚かで、鍵にはとても理解することなど出来そうにもなかった。

「……………………俺の、遣り方が…………誰と、おんなじだって、?」

彼の声音が少し震えたように思えたのは鍵の気の所為か。

「俺の、は、雉明のあれとは全然、ちがう、だろ」

声を押し出しながらも、彼は顔を上げようとしない。

「…………そうですかねえ?」
「そうだよ。 これは、ぜんぜん、ちがう」

だって、これは俺のことなんだから

咳の為か、無理に作ろうとした笑みの為か、掠れた言葉尻の後にほとんど吐息のような呟きが続いた。

「…………」

鍵は、項垂れた彼の旋毛をじっと見詰めた。
つまり彼が言いたいのは、あの時はその対象が自分以外のものだったからその方法を許さなかったのだと。今ここで犠牲になるのは他の誰かではなく他ならぬ己だから、だからそれでいいのだと。そういうことなのだろうか。

「…………おれのことはいいんだ、別に、例えばこれで、あいつらに嫌われたとしても俺は……それで構わない。 あいつらが元気なら、それだけで」

彼はただただそう繰り返す。
ああ、と鍵は思い至る。彼にとって、彼らの抱く悲嘆と苦悩が一体何処からもたらされているのかなどということは全く、どうでも良いことなのだ。彼らが悲嘆するその内容が本当は何であれ、彼の望みは変わらないのだから。彼らがいくら嘆き悲しもうとも『無事』でさえいるのならそれだけで構わないと、彼はそう言っているのである。それを成す為ならば彼は、一切の躊躇無く簡単に自身を消費するのだろう。
そこまで考えた鍵の脳裏に、ちらりと、かの花札が蘇る。

「…………」

七代千馗というこの子供は、以前からどうにも己の身を軽視する質である。
だから、大事に思う人々を守れるというなら彼は進んで己の身を引き替えにするだろう。彼にとって自分とは、全く取るに足らぬものなのだから。
しかし。
呪われた花札の処遇を迫られたあの時、彼は自身を封印の術として使うことはなかった、のである。
彼の性質であれば間違いなく、花札の消滅ではなく己の生命を媒介にして『彼ら』を眠らせる方をこそ選択する筈だったのだろうに。それなのに、彼はあのとき自身の存在をも視界の内に寄せて、己も含め誰ひとりとして消えることのない、最も困難な道を切り拓くことを決意したのである。
それは一体、何故だったのか。
彼の肩を支えながら、その理由について鍵はぼんやりと考える。
鍵の推量に過ぎぬことだが、恐らくは彼も、変化していたのではないだろうか。
彼が番人たちにひとらしさを与えたり周囲のものたちに変化をもたらしたのと同じように、彼も様々なものたちに囲まれ、彼らに触れて、そうして変質したのではなかったか。そうすることが彼らの幸福に繋がるのだと考えはしても、彼を思う幾多のあたたかい掌を振り払い切ることが出来なかった。或いはただ単純に、彼の方もその温度をどうしても手放し難かったのかも知れない。だから、己の身を勘定に入れぬ質だというのに、あの土壇場で彼はその道を選ばなかったのだ。
己の身にまるで重きを置こうとしないこの子供によくも思いとどまらせたものだと鍵は思う。共に肩を並べた仲間たちというのは、本当に、大したものだ。

そこまで考えてから、鍵は、密かに嘆息を落とす。

しかし、本当に予測した通りなら、彼も少しは自分自身の重みと価値について理解した筈だと思うのだが。あっさりと己の容体を思慮から外しているところを見ると、そうでもなかったのだろうか。あの時のことを彼はもう既に過去のものとして記憶から消してしまっているのか。
それとも。そうでないのなら、一度学んだとはいえ十数年の間に重ねられ形成されてきた性質は早々すぐにはには変えられぬ、ということなのだろうか。
もしそうなのであれば、滴が岩を穿つような、ひどく気の長い話である。彼の周囲に居るものたちは、このさき長らく苦労させられることになりそうだ。

改めて、視線の先を彼の方へ戻した。
鍵の掌に肩を預けたまま彼はじっと俯いている。
それは自己犠牲云々というよりも単なる駄々だろうと言ってやるつもりだったのだが、ふと見た彼の横顔があまりにも沈んで見えたので鍵は思わず苦笑し、結局言わないことにした。
かの鬼札と同じ遣り方を選択してしまったことが、彼にとってはそんなにも衝撃的だったのだろうか。それとも、それを鍵から指摘されたことか。或いは、雉明零があるじの為にと己の身を滅しようとしたあの時に自分自身が味わった心地をようやく思い出したのだろうか。
しかしいずれににせよ、そう言われたところで彼らの平穏を望む気持ちは変わらないのだろうし、それを守る為の手段も今のところまだまだひどく不器用でまずいものしか選べないのだから沈んでいても仕方がないし、その必要もないだろうと鍵は思うのだが。
一だけを聞いて十どころか二十も三十も理解している時があるのに、その一方では自分のすぐ足許に在るものにさえ気付いていなかったりもする。つくづくと、どうにも七代千馗というこの子供の心は難解である。
尤も、わからないからこそ。
鍵は、彼から様々な反応を引き摺り出し、その身の内を知りたくなるのだが。

薄めた苦笑を浮かべながら、何も言わずに鍵が新しく白湯を注いでやると、彼はふと顔を上げ、

「、」

白湯と鍵の顔を交互に見詰めてから、黙ってそれを飲んだ。
嚥下していくのと同時に、凝っていた彼の肩からほんの少しちからが抜けていく。
半分ほどを飲み干したあと、残った白湯のおもてをじっと眺め。彼がぽつりと落とした。

「……………………これ、清さんが持ってきた、んだろ?」

手の中に在る湯呑を鍵の方へ掲げて見せる。
番人たちが訪れていないのなら、と推察したのだろう。確かにそうだったので鍵は頷いた。

「お察しの通り、それを持ってきたのも、ありったけの布団を掻き集めて坊の上へ被せたのも、旦那ですよ。 坊が眠ってる間も半刻おきくらいに様子を見にいらしてやしたしね」

鍵がそう応えると、彼の口許に苦い笑みが滲む。

「…………ほんとは…………、清さんにも、来て欲しくないけど、なあ……」

清さんだって感染するのはおなじだし

羽鳥清司郎をも己の『輪』の内に数えているらしい彼は、そう言って困ったように眉をしならせた。
そう、確かに彼は大層お人好しなことにどうやら清司郎に対しても仲間たちと同様の気持ちを寄せているようなので、彼のこれが『本当に風邪だったのなら』清司郎がこぼしていた呟きの通りに、もしかすると自身の不調を洩らそうとせず隠しておくようなことをしたかも知れない。余計な心配をかけまいとして。しばしば気遣いの方向を見誤る彼の、いかにもしそうなことだ。
しかし、彼はあの時『突然変調をきたした』のであって、何も『不調であることを隠していた』わけではなかったから、何故頼ってくれなかったのかと清司郎が嘆く必要はなかったのだけれど。原因を知らない清司郎は風邪だと考えたようだから、誤解してしまったのも無理はない。
鍵は息をひそめるようにしてその思索を小さく畳み、それから肩を竦めてみせた。

「もしかして坊、旦那にも同じことを言うつもりで? 痛いのも苦しいのも許容範囲内だから、どうか自分には構ってくれるな、と?」

鍵の言に、彼の表情が一層苦くなる。

そんな物言いをもしすれば、

想像し、鍵は思わず笑ってしまった。
きっと清司郎は怒りを爆発させて、容赦なく彼を怒鳴りつけることだろう。
その想像は恐らく間違いないのだろうが、それがするりと容易に浮かんだという事実は鍵自身にとっても不思議なことであり、妙に可笑しくもあった。羽鳥清司郎という人物がそうした性質を持つようになったのはつい最近のことなのに。
我が子の身代りにと重い因果の底へ突き落とし死なせようとした男が今は、それこそ本当のこどものように、家族のように、ぎごちなくも確実に、七代千馗を大切に思っている。出来ることなら信を得たいと望んでいる。突然倒れたこの子供に対し何故自分に話してくれなかったのかと、悲嘆に暮れてしまうほどに。
羽鳥清司郎も、彼の輪の内で変化したひとりなのだ。
清司郎の中にみっしりと詰まる憎悪や絶望をずっと間近で見詰めてきた鍵としては、あれらに変化が起きることなど、全く思ってもみないことだったのだが。
彼の成し得たものは恐らく彼自身が考えているよりもずっと、呆れるほど多い。

「…………おれは、居候、だからな………… いそうろうの身で、放っておいてください、ってのは……ちょっと、勝手、過ぎるだろ。 わかってるよ、清さんは、まあ……しょうがない」
 
本当にただの居候のつもりなのであれば家主の健康をここまで考慮しない筈だろうし、感染するかもしれない可能性をこれほど避けているのは彼が清司郎のことを単なる居候先の家主としてでなく、少なくともそれ以上の存在として考えている証拠なのだろうに。
彼は、大層苦々しそうに重く溜息を吐きながらそっぽを向いた。
七代千馗という子供は、本当に面倒な造りである。

「で…………、その清さんは?」
「、ああ……旦那は少し前に買い出しに行かれやしたよ。 弱っている坊の為に、何か滋養のあるものでも作るおつもりなんでしょう。 ……そうそう、食べるもの、と言やァ」

鍵はそこで、冷蔵庫に仕舞われているものを思い出した。

「そういえば、旦那が出られてすぐくらいの頃にひとりお客が来てやしたよ。 坊のお客が」
「、客?」

湯呑を置き、代わりに携帯電話を手許に引き寄せていた彼が、鍵の言葉に首を傾げる。

「ええ。 その方が坊へ見舞いの品を置いていったようです……あのこってりした感じの菓子、えっと、ケーキ、でしたか?」

いかにも心当たりのなさそうな顔をしていたというのに、鍵がそれを口にした途端、彼はぱちりと瞬いた。

「…………もしかして、壇?」
「さあ? 名前までは存じやせんね、何しろ紹介されたことがないもので。 しかし……あのお客の気は随分と馴染みのあるものでしたから、恐らく坊がよく洞へ連れて行くご贔屓の方でしょう」

鍵は皮肉めかしてそう言ったが、それが気にならないほど彼はその『客』に驚いたようだった。
彼にとってはそんなにも予想し得ぬことだったのだろうか。それほど親密な間柄であるなら、ここへ訪ねてきてもそう不思議なことではないだろうと鍵は思うのだが。

「……………………うん、まあ、壇、なんだろう、な……、ケーキをもってくるってのは。 壇以外にはケーキの話、したことなかった、と思う、し」

呟くようにそう言って、彼は苦笑を浮かべる。
落とした視線の先に在るのは、手の中の携帯電話である。

「まあ、折角来たというのに菓子を鬼札殿に預けて、坊の顔も見ずに帰られたようですが」

何となく彼と同じ方へ視線を落としつつ、鍵は境内に居た男のことを思い起こしてみる。
白い息を吐きながら寒い境内に佇み。いくら促されても頑として中へ入ろうとしないさまは、主人を待つ忠犬のそれに少し似ていた。胸中に在るものを懸命に抑えつけているようだったが、そこから洩れ溢れ出したものはじんわりと、しかし顕著に声音へと滲んでいたし、眼差は常にそこには居ない何かを求め、探しているようだった。
雉明零と交わしていた言葉の断片しか拾っていなくても、あの男がどんなものを抱えていたのかは鍵にもようく判る。否、そうなのだろうと推測出来る、というだけであって、これも当然実感を伴う理解では決してないのだが。
それなりの葛藤の末とはいえあまり良い遣り方であるとは言えぬその男の行動を知らされても、彼は眉をひそめるどころかむしろ嬉しそうに鍵の腕の中で微笑んでみせた。

「いいよ。 寝込んでるやつの顔見たって、なんの意味もないし」

彼の指が携帯電話を包み込む。

「あいつは、ばかだからさ。 ばかに万が一風邪ひかせちゃったら、なんかすごいひどいことになりそうだろ」

俺は、それでいい

口にするその言葉は間違いなく罵倒という類のものだったのだろうけれど、その言に反して彼の浮かべていた微笑はとても、とても、やわらかかった。それは、痛む筈などない筈の鍵の胸郭が、まるで何かに握り締められるような奇妙な圧迫感を覚えるくらいに。

「……」

鍵の手が半分は意識的に、もう半分は無意識に彼の肩を抱き直した。
彼はここに居るのだと。己の手の届くところに、己の腕の中に居るのだと、改めて所在を確かめるような所作で。そして、淀んだ澱が己の奥底で密かに泡立つのを遠くで感じながら鍵はいつも通りの表情で微笑んだ。

「しかし坊……旦那の夕餉と、見舞いの菓子と。 今の坊にはちょいとばかり荷が重いんじゃありやせんか?」

眼を醒ました時に比べればもう随分と顔色も戻ってきてはいる。声音の方も掠れはあるが聞いていて痛々しく感じるほどではない。しかし、やはりまだまだどう見ても病人である。
だから鍵はやや冗談めかしにそう言ったのだが、

「ぜんぶ、食べるよ。 ぜったい」

未だ半ば以上衰弱したままの彼は笑って、鍵の言に軽く即答してみせた。
ひび割れてはいても、そこに込められたちからは決して弱いものではない。とても七代千馗らしい、小気味の良い断定である。こう言うからには必ず、彼はそうするのだろう。

「そうですか」

笑みに細められた強い彼の眼を見詰め返しながら、鍵は口だけの微笑を返した。

「それは、何よりです」



七代千馗という名のこの子供は多くの変化をもたらした。
連綿と続いてきた贄の連鎖から羽鳥の血を解放し、世界が辿る筈であった道筋を気に入らぬといって蹴り壊し。幾多のものたちの手を取って、己の輪の内へと引き摺り込んだ。
境内に来ていたあの男も恐らくはそのうちのひとりなのだろう。そして七代千馗の方も同じく、多くの掌に触れて少なからず変化したのだ。

しかし。鍵は神使である。ひとではない。
もう長らくここに居て羽鳥やその他の人々の営みを眺めているから、それをそういうものなのだと理解することは出来るけれど、それはやはり実感ではない。実感として理解することは鍵には不可能なのだ。

だから、鍵には判らない。
最善の道と己の望むものと彼の望みとの狭間で煩悶し、途方に暮れる雉明零の気持ちも。
勝手に己の前に線を引いて望みを抑えつけ、それが彼にとっての最善なのだと思い込みながらも焦がれて止まぬあの男の気持ちも。
そして、そんな彼らを自分の思うかたちでしか愛することの出来ぬ彼の気持ちも。
鍵には到底、判る筈がなかった。
いくら時代が流れ、文明のありようが変わろうとも、ひとといういきものはいつでも矛盾を孕んでいて、不器用で、いびつなままである。

そう、神使である鍵にはひとのこころなど判りはしないけれど、

「ほら、坊…………まだ熱があるでしょう。 話も良いですが、少し横になったらどうです?」

珍しく熱い彼の頬に唇を寄せると、くすぐったそうに黒い眼が眇められる。

「、ん」
「旦那が帰られて、夕餉が出来るまで……私がこうして見ていて差し上げやすから」

鍵は、抱いていた肩を倒すようにして彼の身体を布団の上へと横たえた。
彼にも特に異論はなかったようで成されるままになっている。

「…………そう、だな、」

ふと、彼の指先が伸びてきて、鍵の髪と耳の先に触れた。

「お前なら…………確かに、うつらないしな」
「ええ」

触れてくるその手に己の掌を重ね、かさついた彼の唇を潤すように舐める。
ひどく近いところで彼が仄かに微笑むのが判った。

「そうですよ。 だから、余計な心配は要りやせん」
「……………………うん、」

常人の眼には映りもしないのだ、そんな神使が病になどかかる筈がない。
彼のこれが本当に病というものであった場合の話だが。
彼の黒い髪を撫でながら鍵は同じく微笑を浮かべ、その笑みの裏側にて決して洩れ出さぬよう密封した己の澱をじっと見詰め直した。

七代千馗に手を取られ、輪のうちへ踏み入り、彼に焦がれるひとの気持ちなど、神使には到底判り得ぬものだ、けれど。
突然意識を失った彼の姿を見たあのとき鍵は、ああ、こんなときくらいは、と思ったのである。
秘法眼と呼ばれる彼の眼のような、あのような澄んだ黒ではない。小さく粉砕された様々なもの同士が交錯し合い、混ぜ合わされ、その結果黒っぽい色になったというだけのひどく淀んだ色のひらめき。そんな泥のような色の黒いひらめきが、あの瞬間にふと鍵の胸郭に入り込んだのだ。

ああ、こんなときくらいは、
こんなときくらいは、独り占めしてやろうと、

鍵はそう思った。
だから、口にしなかったのである。彼の衰弱の原因が風邪などではないということを。
かの事件で限界を突破するほどの大きなちからを放出した所為で彼の中の均衡が崩れ、未だ気の循環が元の通りに戻り切っていない所為で意識を失っただけなのだ、ということを。
病の類ではないのだから、本当は他者への感染を心配する必要などないのだ、ということを。
知っていて、鍵は言わなかった。
飛び出していった白にも、慌ててそれを追った鈴にも、煩悶し続ける雉明零にも。そして、床に就いている七代千馗本人にも。
鍵は事実を口にせずぴったりと蓋をして、眠りに落ちる彼の姿をずっと傍で眺めていたのだ。

彼を取り巻くものたちはとても多くて、一歩離れたところに立つ鍵からはとても見えないから

否、鍵とて本当は気付いている。自分の胸に在るものを知っている。己の居るところが実際は、彼の形作っている輪のうちなのか、外なのか、ということを。
知っていて鍵は、その真実をも己の奥底の暗い片隅に在る箱の中に閉じ込めているのだ。

鍵自身でさえ奇妙に思うほどのやさしい指に髪を梳かれながら、彼は何か思い付いたように携帯電話を掲げてみせた。

「ああそうだ、雉明にさ、メール、送ろうかな……? 少しは調子も戻ってきた、って。 メールなら、ここに来る必要、ないし」

そう言って鍵に向ける彼の笑みは、ともすれば憎んでしまいそうになるほどからりとして全く屈託がない。
しかし、それでも。今だけは。彼に触れていられるのは自分だけだ。

「……………………坊の、お好きなように」

鍵は呟いて、熱に温む彼の唇に口を寄せた。
その感触は何処か苦く渋いようでいて、その反面、ひどく抗いがたいほどしっとりと甘い。

本当に、七代千馗というのはおそろしい子供だ。







遠くからただ眺めているだけのつもりが、気付けばもう輪の中に居る。






























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鍵さんに対する認識がすごくヤンデレチックですみません






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