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2011/12/08 (Thu) 鬼祓師文章 / 『円周』 雉明編



さて、先日の壇編に続く第二弾、雉明編です。続きです。

これもまた壇編と同じく薄暗いです。当然のことながら。
次の鍵編は暗くならない予定なのですけども。

というわけで、そんな文章でも良いと仰られる猛者は追記から。















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『円周』







その一点がただ眩く輝いていることこそ己の全てだった筈なのに。





鴉羽神社の境内で、雉明零は遠ざかっていく壇燈治の背をただただ見送っていた。

咄嗟に引き留めなければと思いはしたものの、結局雉明のしたことはといえば一度彼の名を呼んだだけで。それだけでは振り返ろうとしない背に向かって再度大きく呼び掛けることも、或いは追い掛けて腕を捉えるようなこともしなかった。

「……」

雉明は、己の白い掌をじっと見詰める。

否、そうではない。
自分はしなかった、のではなく、厳密にはそうすることしか出来なかった、のだ。
彼が踵を返した瞬間、引き留めねばという思いに駆られたのは事実だが、もし仮に彼が雉明の声に応じ足を止めていたとしてもそこで一体何をどう言えば良いのか雉明自身にもよく判らなかったのである。胸郭を圧迫する塊のような何かを未だ言葉に置き換えられるほどにはきちんと整理し切れていない、という自覚が何処かに在ったのだろう。その所為で咄嗟に彼の名を呼びはしたものの、あと一歩、食いさがることが出来なかったのだ。
壇へ話すべきことはあった、けれど。
雉明は今あまりにも、そこへ滲み込む感情の揺らぎに翻弄され過ぎてしまっていたので。ありのままの事実だけをそのまま彼に話して聞かせるというのは少々、むつかしいことだったのだ。
それくらい、雉明はいま、こころの底から途方に暮れている。

「……………………看病……、など、」

壇燈治の残した言葉をぽつりと呟いて。
先刻まで彼が座っていた冷たい石の上へ、ひとり腰掛ける。ひんやりとした石の冷たさも意識の中へと食い込んでくることはない。そして既に雉明にとっても見慣れたものとなりつつある鴉羽神社境内の景色の上に、記憶の中に在る映像と声音が重なった。
ごくごく近い記憶。
他でもない。今朝の出来事である。



なんの変哲も無い、いつもと同じ朝だった。
一足早く教諭である羽鳥朝子が家を出て。そして朝食をとり、身支度を終えた七代が、神使たちへの挨拶がてら境内の中をぶらりと歩く。白と自分は何となくその後に続きながら、時折彼らの談笑に混ざったり、今日の予定についてぼんやりと思案したりしていた。
確か、その会話の途中で七代から今日は何処か行くのかと問われ、まだ決めていないのだと応えると、もし出掛けるのなら見ての通り今日はあまり天気が良くないし降水確率も低くないようだから必ず傘を持っていくようにと。そう言って、頭を撫でられたのだったと思う。
七代が頭を撫でるのはいつものことである。白の頭も、鈴の頭も、そして雉明の頭も、七代はみな同じように撫でる。こと、鍵に関してはかわいくないからしないのだと、彼は当人の前でそう言い切って笑っていたけれど。鍵だけでなく自分とてあまりかわいいという形容は当て嵌まらないのではないかと雉明は常々疑問に思っているのだが、彼の掌からやわらかく髪を撫でられるあの感触が妙に心地良いので、いつもそれを口に出せずにいる。
本当に、そこまではいつもと同じ。流れるように繰り返される、他愛の無いひどく幸福な日常であった。
境内で携帯電話の時刻表示を見遣りながら、ああもう出なければならない時間だと、そう言って、彼が微笑むまでは。

境内から玄関へ戻り、通学用鞄を携えたその直後。
彼は、突然、倒れたのである。
見送りにと共に来た白と雉明の、まさに眼の前で。

白も自分も、一瞬何が起こったのか理解出来なかった。
ほんの数秒前には確かに微笑んでいたのに、それなのに一切何の前触れもなく突然意識を失くしてしまったのである。眼下の光景を脳がなかなか理解し得なくともそれは仕方のないことだったのかも知れない。
先に声を上げたのは白の方だった。
ちからなく倒れ伏す彼の上体を小さな手で必死に抱き上げて、何度もあるじの名を叫ぶ。雉明が、彼女のあんなに切迫した声音を聞いたのはこの時が初めてだった。
白よりも一拍遅れで雉明も傍へ寄り、名を呼び、床へ垂れた彼の掌を握る。
台所に居た羽鳥清司郎も、一体何事なのかと駆けつけて。皆が見ているなか白が抱えた身体を何度も揺さぶると、彼はそこでようやく、うっすらと眼を開けた。
途切れてしまいそうな、ひどく弱々しい眼差は、常の彼からはとても想像出来ぬようなものだった。白い唇は言葉らしい言葉を紡げずに、ただ浅く呼吸を繰り返すのみで。雉明が常々惹かれて止まぬ秘法眼という名の黒い虹彩は、今は混濁し、ゆらりと苦痛に揺れていた。
張り付く白と雉明の間を割って入り、清司郎が彼の瞳孔や呼吸、脈の様子を確かめていく。詳しいことは判らないが熱が高いのでとにかく部屋に寝かせよう、と清司郎は顔をしかめた。白と雉明は未だひとの病には当然明るい方ではないから、とりあえず清司郎の言に従い、ちからの抜けた彼の身体を引き摺るようにして部屋まで運ぶことにする。
もちろん清司郎も肩を貸してそれを手伝ったが、どうやら彼は七代に腹を立てているようだった。同じく七代を支える雉明の肩口に、清司郎の舌打ちと小さな呟きが落ちる。
何故、倒れるまで我慢したのかと。何故、黙っていたのかと。
そう吐いた清司郎のおもてに滲む悲嘆とも憤怒ともつかぬ複雑な色が、やけに雉明の眼に残っていた。

玄関から彼の使っている部屋まで、そう遠くはない。
先行した白が布団を広げ、清司郎と雉明がちからない身体をそっと其処へ横たえる。
布団の上へ降ろされても彼はそのまま。薄く眼を開いてはいるのだが先刻と同じく焦点は定まらず、己の状況や周囲に居るものたちのことをちゃんと認識出来ているのかどうかもよく判らなかった。
鋭く咳き込みながらつらそうに息を吐く彼の青褪めた頬を見詰めていると、雉明の中の不安もいよいよ満ち満ちてしまい、白と同様すがりつくようにして彼の傍へ寄ったのだが。ちょうど清司郎が、少々重いが概ね風邪の症状なのでとりあえず薬を飲ませてからしばらく様子を見てみようと、そう口にした時、七代の黒い眼が突然幾許かの強さを取り戻した。
熱い彼の掌をぎゅっと握っていた白と雉明はようやく意識が戻ったのかと俄かに喜びかけたのだが、眼を開いた彼が開口一番口にした言葉は、全くもって予想だにしていなかったようなものであった。

七代は。
白と雉明に向かって、ただ、でていけ、と言ったのである。

その語勢は驚くほど強く。とても先刻まで半ば意識を失っていたとは思えぬ声量だった。
雉明は、七代千馗というこのあるじがこれほどまでに声を荒げるのを今までに聞いたことがなかった。白の表情を見るに、恐らく彼女も雉明と同じだったのだろう。びりっと空気が震えるような激しい声音と、まるで敵意でも含んでいるかのような鋭く睨めつける眼差。一拍怯み、竦んでしまったのは、果たして自分たちの中に未だあるじに仕える札としての本能が残っている所為だったのか。
刹那身を縛ったその強い声に抗い、白は負けじと身を乗り出したが、七代は軟化するどころか一層鋭鋭さを増すばかりで、

伝染るから部屋から出て行けと、とにかく早く行けと、そうして、この部屋には絶対に近付くなと

ただただ、叫ぶように繰り返すのみであった。
白の抗議になど、雉明の呼び掛けになど、全く耳を貸さぬ。否、もしかしたら、それらは彼に届いてすらいなかったのかも知れない。
ひび割れる喉から声を張り上げ、息を乱し、そして僅かに起こした上体が再びちからを失ってぐらりと揺らぐ。その彼の身体を、脇に居た清司郎が見兼ねたようにひどくやさしく受け止めた。高い熱によって消費され尽くしていた筈の気力を振り絞ってのことだったのだろう。七代は、清司郎の方へ倒れ込んだかたちのまま、それきりぷっつりと糸が切れたように瞼を閉じてしまった。
温度や種類は多少違っていたのだろうが、感情の行き場を失ってしまったのは白も雉明も同じである。いくらそう言われたところで、こんな状態の彼をそのまま放っておくことなど到底出来るわけがなかったし、とて、だからといって命令に近いような彼の叫びを丸々無視しても果たして良いものなのか。
しかし、茫然としたままただ倒れ伏したあるじを見詰めていた時、少なくとも白と雉明にとってはひどく無茶で無体な風に思われた彼の言を清司郎が思いがけず肯定し、おまえたちはでていたほうがよいと先刻の彼と同じことを言ったので。聞いた途端に白が爆発し、思うまま怒号を撒き散らしたのちに勢い良く部屋を飛び出してしまったのだった。恐らく彼女にその意思は欠片もなかったろうが、図らずも、彼の意向通りに。
彼女ほど苛烈でないにせよ雉明の中にも強く噴き出すような何かは確かに存在していたので、飛び出した白を追って宥めなければという気にもなれず。何より彼の容体こそが気に掛かっていたのだがその当人から傍に居ること自体を禁じられてしまった以上、自分は一体どうすればいいのか、どうするべきなのか。雉明はただただ途方に暮れた。
そのうち清司郎に再び促され、思考の区切りや整理は一向につかぬままとにかく彼の部屋を後にした。

あいつの面倒は俺が見ておくと、清司郎は雉明に約束してくれた。
今は薬や彼の為の食材などを調達する為に出てしまってはいるけれど、確かに清司郎であれば七代を看護するものとしては最も適しているのだろう。何しろ、清司郎はにんげんなのである。白や雉明とは違う。当然にんげんがかかるような病も、その対処法も、きちんと心得ている筈だ。
それに。羽鳥清司郎が今や、彼をそれこそほんとうの子供と同じように大事に思っているらしいということは、雉明とてようく知っている。黒い発端があったとしても、苦い因縁を経たとしても、それが傷跡のように後ろめたさとして残り続けるのだとしても、清司郎の中に今在るのは決して暗く冷たいものではないのだ。
だから、自身がそうと口にする通り、清司郎に任せておいても何ら差し支えはない。否、任せておくべきなのである。それは重々、承知しているのだが。

雉明はひとつ白い息を落とした。
喉の奥のほう、胸に近いあたりに何か鉛のようなものが詰まっていて、それが妙に重苦しい。
その胸郭に突き刺さったままになっている彼の言葉をそっと抜き取るようにして、雉明は記憶をまた少し巻き戻してみた。

彼はあの時そもそも何故、部屋を出ろと言ったのか。
それは彼が途切れ途切れながら口にした通り、うつる、ということが原因なのだろう。
本当のところは未だ不明ではあるが清司郎が言うには彼の症状は風邪のそれによく似ているのだということだったし、雉明とて知識のみのことではあるが風邪と呼ばれる病が他者へ感染する類のものであることくらいは知っている。
だから。彼のあれは白と雉明への気遣い、だったのである。
札の番人であった頃ならいざ知らず。あの一件以来そうした能力の大半を失い、今ではひとと言っても差し支えないような身体になっているのだから、ひとの病に感染してしまう可能性も確かに、なくは、ない。そして万一感染した場合、果たしてどうなってしまうのかも判らないのだ。彼が危惧したものはまさにそれだったのだろう。
投げ掛けられた時こそひどく驚きはしたものの何も疎んじられたり叱責されたわけでは決してなく、彼の吐いた言葉の強さは、いわばやさしさの度合いを示すものだったのだ。

飛び出していった白とて恐らくは判っていただろう。雉明もちゃんとそれを理解してはいる。
彼が何故傍に居ることを禁じたのか、どうしてあれほどきつく言ったのか。そして、七代の身を預けろという清司郎の提案に対し自分がどうするべきなのかということも。雉明はようく判っていた。
そう、重々判っている筈なのに。

雉明は煩悶した。

己の抱く望みが、他ならぬ彼の意に染まぬこと。最善でないこと。
すべきこととしたいことが沿い合わぬという事実が、雉明の胸郭をひどく軋ませる。正しい筈の事項をいくら並べ立てながら己を諌めてみても、奥底から湧き出してくるような衝動はとても強く、自身のこととはいえ抑え切るのは難しかった。
だから、雉明は煩悶している。

ほとんど意識を手放している状態にも関わらず彼は、白と雉明のことを思ってくれた。それなのに。
あるじであり親友でもあるやさしい彼のその言を無下に破り、それが最善なのだと判っているのにその上でなお清司郎からの提案をも斬り捨てて、そうして全てのものを放り出してでも彼の傍に居たいのだと、雉明のこころはそう望んでいるのだ。
あまりの身勝手さには困惑もするし呆れもするが、胸郭にたっぷりと満ちて今や溢れ出ようとするこの強い願いはもはや真実というほかなく、雉明自身そこから眼を逸らすことも素知らぬ振りをすることももう出来はしなかった。

「……」

先刻より増す息苦しさを喉の奥に感じながら、雉明は白い掌を開いてじっと見遣る。

本当は、彼がちゃんと眼を醒ますまで、熱が治まり切るまで、片時も離れず傍に居たいのだ。あんなに弱っている彼を放っておくことなど、出来る筈がない。
しかし。いくら強くそう願ってみても、雉明は病を知らない。彼を蝕む苦しみが一体どのようなものなのかも判らない。だから和らげる術も知らず、当然のことながら治すことも出来はしない。
つまり、己のこの掌は、どれだけ願おうとも何ひとつ彼の役に立つことは出来ないのだ。彼の為に出来ることなど、ありはしないのだ。だから、とても放っておけないから彼の傍に付いて居たいのだとどれだけ望んだとしても、役に立てない以上雉明のそれは単なる駄々でしかないのである。

そもそも、七代自身もおれが傍に居ることを望んではいない

雉明は瞼を伏せて、無力な掌を閉じた。

彼はもしや、雉明が役に立たぬと知っていたからこそ遠ざけたのではなかったか。感染するかも知れないから、というのは彼の使うやさしい嘘だったのではないだろうか。
黒い鉛にずるりと引き摺られ、ともすればそんな思いまで湧き上がってくる。

「…………本当に、おれは、無力だ」

俯いた雉明の淡い髪がさらりと揺れた。

かなえられぬ強い望みと否応なく突き付けられる現実と現状。その隙間でただただ翻弄される雉明の脳裏に薄く蘇った、ひとりの影。

壇燈治

彼と同じ鴉乃杜学園に通い、札の残滓をその身に宿す、彼の最も近いところに立つ男である。
七代千馗の親友にして、同時に相棒でもある。彼が壇燈治という男を信頼し、心を許しているのだということは雉明もよく知っていた。番人であるにも関わらず秘めた望みの為に彼からしばらく離れていた雉明にとっては、肩を並べて拳を振るい苦楽を共にした壇燈治はやや羨望の思いを抱いてしまうような存在なのだが。
その壇が、先刻雉明にどう言ったのか。

よりによって雉明に、七代を頼むと、そう言ったのである。

壇は壇なりに何か思い悩んでいたようだったが、雉明には判らない。
同じひとの身で、彼のすぐ傍で学生としての生活を共にし、彼からも頼みにされているというのに、それでもなお悩まねばならないことなど。言葉の上での意味は理解出来てもそのようなもの、雉明には到底判る筈もなかった。
雉明は今朝からの出来事と投げられた彼の鋭い声音を思い出しながら、残念ながら自分は彼の傍には居られないのだと伝えようとしたのだが、己の思索に捉われている様子の壇にはどうにも届かず、せっかく訪れたというのに一歩も彼には近付かぬまま壇は鴉羽神社をあとにしてしまった。雉明に己の親友を託して。

七代はそもそも、自分の周りに居るものが少しでも傷付くことがあれば非常に腹を立てるような質である。
何故か、彼は自分をひんやりとした人間なのだと思わせておきたいようなので、そうした際にはやさしい言葉を使うことはせず、ただむかつくだけなのだと吐き捨てているのだが、それが周囲のものに対する彼なりの愛情であることは雉明でなくとも皆恐らく知っていることだろう。
だからこそ、今回もああして白と雉明を自分から遠ざけたのだ。あれもまさに彼のそうした質によるものだ。
それを思えば、風邪が伝染してしまうのは壇燈治とて全く例外ではないのだから、彼の顔を一目も見ずに帰るという選択は確かに間違ってはいないのかも知れない。恐らくはその方が余程、彼の意に沿うのだろう。
しかし。

雉明は重たげに、ひとつ瞬いた。

自分の方はこんなにこころを乱されているというのに、果たして彼は本当に平気なのだろうかと、雉明は不思議に思うのである。全く疑問でならなかった。
壇燈治は彼に最も近い人間なのに。
表情を見る限り間違いなく壇も、雉明と同じく彼の身を深く案じているのだろうに。
なのに何故彼は、あんなにも潔く彼から離れることが出来るのか。自らの手ではなく、他者の手に彼を任せることが出来るのか。彼の為に何ひとつ成すことが出来なくともそれでもなお傍に居たいのだという強い望みをどうしても捨てられず、自分はずっとこうして煩悶し続けているのに。

それにもうひとつ。

「……………………おれは……、…………七代の好きなケーキなど、知らない」

落ちた雉明の声音が煙のように白く凝り、頼りなく流されて消えていく。

あいつがもし食べられそうなら、と渡された白い箱。
あれは彼が気に入っているケーキなのだ、と壇燈治は言った。
この鴉羽神社で彼と共に暮らすようになってからしばらく経つが、雉明は彼の好物がどのようなものなのか、あまりよくは知らなかった。それは勿論、彼が己自身のことについて話して聞かせる方でないことも関係しているのだろう、しかし。様々な思いに浚われ、ただただ翻弄され、胸郭の軋みに喘いでいる今の雉明にとってはそれもまた、喉許を締めつける重い鉛に加わる新たな一粒でしかない。
比較することに意味はないのだ。それはよく判っている。雉明は何も、誰よりも先んじたいのだと、そう欲しているわけではない。壇燈治のこととて雉明自身、充分信頼に足る人物だと好感を抱いているのだ。それは間違いなく確かに好意であって、憎悪や嫌悪というものでは決してなかった。
けれど、何より大事な彼の為に何ひとつ成すことの出来ぬ己の不甲斐無さを思うと、どうしても考えてしまうのである。

自分が傍に居るよりは、壇燈治の方が余程、彼の為になるのではないかと

「…………」

雉明は、ぎゅっと掌を握り締める。
自分の掌に彼と同じ手袋が在ることは、今の雉明には少しつらいことだ。

壇とて彼の傍に居れば感染してしまうかも知れないのは同じこと。それに、細やかな看護などというものは不得手なのだと壇自身口にしてはいた、けれど。しかしそれでも、まだ自分よりは、と。彼の苦しみさえ判らない自分よりは余程、彼の役に立てるのではないかと、雉明はそう思うのだ。
壇の言った通り確かに彼と共に暮らしてはいたが、しかし、ただそれだけのこと。札を統べるあるじとその番人といっても、その結びつきが何になろう。こんなとき効力を発揮せず彼を救えないなら意味などない。清司郎と同様にして雉明も、倒れ伏してしまうまで彼の体調にはついぞ気付くことが出来なかったのだから。

嗚呼、彼の異変に気付くことが出来ていたなら。
病についてもっと詳しく知っていたなら。癒すことが出来たなら。

全て出来ないのならせめて潔く、己の足先をどちらかに決めるべきなのだろうに。
そう。先刻の壇燈治と同じように。


「……………………七代、」

境内を冷えた風が吹き抜けて、枯れた木々がざわざわと音をたてる。
その中で雉明はひとり佇み、ただ彼の名を呼んだ。

一体何故、この手には何もないのだろう

それだけを考えながら。






















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七代千馗はあとでみっちりと雉明に謝るべきですね。白にも。いや壇にも。








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