melancholia//サイトの更新履歴兼、その時々のプレイゲーム日記、二次文章など。
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2011/11/30 (Wed) 鬼祓師文章 / 事の始まりと壇編



歌王子音楽は全曲出せたんですけどそのことについてはまた次の記事にまとめることにします。



というわけで、12月になる前に何とか壇編だけでも。
流れが悪いとかちょっと意味が判らない、とはそういうのはもうものすごく自覚していることなのでどうか出来るだけ言わないでやって下さい……
壇編だけ読むとすごくかわいそうで暗い気持ちになっちゃうと思いますので、続きも出来るだけ早く頑張るようにします。
まあその、次の雉明編もかわいそうなのでアレですけども(…)。
そんな暗い雰囲気の話で宜しければ追記から。


















------------------------------------------------------------------


『円周』





自分がその中心点から果たして近いのか遠いのか、それさえ時々判らなくなる。





朝、通学路にて。
壇燈治がそれを受け取ったのはちょうど、鴉乃杜学園の門が見えてくるというところに差し掛かった時のことであった。

ポケットの中から洩れ聞こえる羽虫のような小さな音。
壇の指先に触れるその振動は、通話でなくメールのそれである。
これまでよりも格段に交友範囲が広がったとはいえ、壇に向けてメールを寄越してくるような人間はといえば実際のところそう多くはなかった。それに加えて、今は早朝である。余程火急の用でもあれば別なのだろうが、しかしそもそもそういったことならメールなどではなく電話を掛けてくる筈なので、それもない。
したがって、この時間帯に自分宛てのメールを送りつける人間といえばそれは、ほぼ、あの男しか居ないのだ。
壇は取り出した携帯電話を開き、送信者の欄へと眼を滑らせてみる。
すると、そこにはやはり予測していた通り、親友であり相棒でもある男の名が表示されていた。七代千馗というその名を確かめてから、いざメールを開封してみれば。
送られてきたのは、たったの二文字。

ただ、『休む』、とだけ。

メールにはそれ以外一切、何も書かれていなかった。
日本語としての意味は判る。理解も出来る。しかし。
たくさんの生徒が流れていく通学路にひとり立ち止ったまま壇はそのあまりに短い文面をたっぷり十五秒以上は凝視し、それから、そのまま静かに携帯電話を閉じた。
ぱちりという音と共に、そもそもいま自分は一体何をしている途中だったのかという現在の状況が、やや遅れて脳裏に蘇ってくる。
そうだ、ともかく、自分は学校へ、行かなければ。
慣れ親しんだ校門が見えてくるのと同時に何か得体の知れぬ頼りなさが突風のように胸郭を吹き抜けていき、壇はそんな心地になった己自身に何よりひどく驚いた。


担任教諭である羽鳥朝子はホームルーム中、七代の休んだ理由について特に皆へ伝えることはなかった。
ぼんやりと壇がそう考えながら彼女の背を見送っていると、ホームルームを終えてすぐこちらの教室へ飛び込んできたらしい飛坂巴と、珍しく譲らない様子の穂坂弥紀の両名から強引に腕を取られ、否応なく彼女を追う輪へと混ぜられてしまった。
脳があまりうまく働いていない所為で壇は思い至っていなかったのだが、確かに七代は現在羽鳥朝子の家へ居候をしているのだそうだから(全て終わるまで壇を含め鴉乃杜の面々は皆一様にそれを知らなかった)七代にとっては単なる担任教諭、というだけでなくそれ以上の間柄であるところの彼女に訊ねてみれば、何かしらの事情が判明するかも知れないのだ。少なくとも、本人から送られてきた、あの二文字以上の何かが。
巴と弥紀が早速羽鳥朝子を呼び止め、あれやこれやと矢継ぎ早に訊ね掛ける。返信ボタンさえ押せなかった壇は黙ったまま、流れていく会話を傍らでただただ聞いていた。
朝子の話によると。どうやら七代はすでに登校する為の準備は終えていたのに、いざ家を出ようという時になって突然玄関先で倒れた、ということらしい。
彼女は立場の違いにより当然七代よりも先に家を出ていたから、学校に着いてやや経ったころ家からの報せを受けて、そこでようやくそのことについて知ったのだという。だから、彼女自身も直接見ていたわけではない為に、詳細な病状についてはよく判らないのだ、と。
ただ、伝え聞くところによると結構な熱が出ているそうなので、風邪の類であるならまだ良いがこのままひどくなるようなら勿論改めて対処するし、病状の経過についても必ず壇や巴らに伝えるようにする、と、朝子は毅然とした表情で応え、頷いてみせた。
壇は、羽鳥朝子とあの男の間にどういった因縁があったのか、どういう経緯を経たのか、そのあたりのことをあまりよくは聞いていない。
けれど、その壇でさえ、彼女の顔を見ればようく判る。否、恐らくは壇でなくとも。
たとえどのようなことがあったにせよいま彼らを結んでいるのは、確かな、強い、絆なのだ。





鴉羽神社。
境内の石段へ腰掛けながら、壇は白く煙るような息を吐いた。

そう広くはない境内の真ん中を、男がひとりこちらに向かって歩いてくる。
雉明零。現在七代千馗と同じくここで暮らす、呪言花札の番人である。
特に上着らしい上着を羽織ることもなく、この凍るような空気のなかをただただ平坦に歩いている。彼が身につけているのは恐らく家着の類なのだろうが、何だか少し布が余っているようにも見えるのであれもまたいつものように、あるじからの借りものなのかも知れない。(彼のあるじも華奢な方だというのにそれでもまだ余るというのだから、一体どれだけ痩せているのだろうかと壇は彼を見るたびいつも少し心配になってしまう)
何処か氷や雪を思わせるような、色のない、無彩色。
あの一件以来彼は札としての能力をほとんど失い、今では極めてひとに近くなったという話なのだが、とはいえ親密な交流を持っていない壇にとっては、未だ、雉明零はといえば十二分に神秘的な男である。
ふたりきりで彼と接したのは以前一度札憑きのちからについて訊ねた時くらいで、壇がほかに何か知っているとすれば彼のあるじから時々伝え聞く程度のものしかなく。何とはなしに自分と近い位置に居るような気もしないではなかったのだが、そのことを考えると実際のところ彼とはあまり近しいとも言えないようだ。

まるで重みがないような静かな足取りで壇の正面まで来た雉明は、小さくひとつ頷いてから口を開く。

「……冷蔵庫へ、入れておいた。 念のため書き置きもしてきたから、恐らく誰かが間違って食べてしまうようなことはないと、思う」

真冬の冷えた空気に、しんと浸透していくような声。
石段の上へ腰掛けたまま壇は、雉明の白い顔を仰ぎ見た。
それにしても。
彼のあるじである七代千馗が共に居る時には決して無表情だとは思わないし、纏う空気もほんのりと色づいているように見えるのに、そうでない時の雉明零はといえばやはりこんな風に無彩色なので。そもそも壇には雉明ときちんと話をした記憶さえほとんど無いのだから止むを得ない、仕方がないのだ、とは思うものの、それにしてもこうして色のない表情を見せられると、雉明零にとって自分は果たしてちゃんと『壇燈治』なのか、それとも単に『七代千馗以外のひとり』なのだろうかと、思わずそう考えてしまうのである。
とて、壇とて彼との関係に対し何か違う可能性を求めているわけでもなかったから、本当のところ自分がどちらに分類されてたのだとしてもそれほど思い悩むことではないのだが。

「……そっか。悪い。ありがとな」

益体の無いことを考えながら、壇は笑みを努めてそう応え。それから顎で己の隣を示す。
その所作の意味するところは勿論、自分の隣に腰を下ろせ、ということだったのだが。礼には及ばない、と応えたきり、雉明は其処に立ち尽くしたままそれに従う気配をまるで見せはしなかった。

「?……、」

首を傾げかけた壇は一瞬遅れで、雉明零という男がやや特異な質であったことを思い出す。
もしや。こういった所作だけでは意味が通じないのだろうか。

「……………………あー、その、悪い、えっと」

思わず頭を掻く。
そうして改めて己の意図するところを明確な言葉へどう変換しようかと考えているうちに雉明から不意に名を呼ばれ、壇の思考が中断される。

「壇。 …………きみにひとつ、訊いてもいいだろうか」

先刻と同じ、とても静かな声。
顔を上げて見れば、真摯で何処かひんやりとした雉明の眼差が真直ぐに壇だけを捉えている。
それらがぴたりと真正面からぶつかり、互いの視線が結ばれ、雉明の虹彩を凝視した。その瞬間。

ああ、

壇は、途端に理解した。
思い当たったのである。純度は高いがひどく不透明な雉明のその虹彩に浮かんでいるものが、一体何であるのかということを。
つまり、彼がいま、何を口にしようとしているのかを。

「………」

雉明の視線を受け止めながら、壇は思わず苦い笑みを浮かべた。
原因についてすぐに思い当たるのは当然である。何しろ壇には心当たりがあるのだから。
何のことは無い。彼にとっては不思議だったのだろう。理解出来なかったのだろう。

嗚呼、雉明さえ知らぬ振りをしてくれたのなら、こちらも同じく素知らぬ顔のまま此処を去ることが出来たのに

しかしそう思いはするものの、それが甚だ身勝手な願いなのだということについても壇はちゃんと理解していた。
何故なら雉明の中に在るであろう疑問は、抱いて当然のものであったから。おかしなことをしたのは自分の方なのだと、自覚していたから。それなのに、それをただ己の都合の為だけに抱くな、というのは、どう考えても虫が良過ぎる話である。それでは筋が通らない。
だから。問いを受けるのは必然で、そして仕方の無いことなのだ。
その内容が、壇にとってはやや痛いものであったとしても。

「……………………ああ、何だ?」

律儀に返答を待っている様子の雉明へ、言葉の先を促す。
発端を作ったのは自分なのだから、答えるべき義務も当然あるだろう。尤も、ここで問いに従い、たとえ自分が全て語って聞かせたとしても、その中身を雉明に理解してもらえるのかどうかということに関してはまた別の話になるのだが。

「……きみは、なぜ、」

言いながら眉根をほんの僅かにだけ寄せる。
その雉明の表情は何処か、大人の歪んだ理屈をどうしても飲み下せずにいる幼い子供のそれに少し似ているようにも見えた。
吐かれる言葉の先をほぼ予測している壇にとってそれは答え合わせのようなものでしかないのだが、何も言わず黙って冬の空気に紛れるような雉明の声音へとじっと耳を傾ける。
壇の見詰めるなか、雉明の白い唇がそっと動いた。

「………………わざわざ、この境内へ? 何故、きみは…………先刻、玄関にすら上がろうとしなかったんだ?」

おれは居間へ通すつもりだったのに、

吐き出し終えた雉明の眼差が、壇を捉えたまま曖昧に揺れる。
不透明なそれに波紋を起こしたものは困惑なのか、それとも怒りや苛立ちに近いものなのか。
眼前に立つこのひどく静かな男が唯一ひとみのおもてにのみ上らせた感情の分類についてぼんやりと思案しながら、壇は真直ぐに向けられる眼差しから己を逃がすようにしてふと、僅かに眼を閉じる。
雉明の口にした問いはやはり、予測していた通りのものだった。

そもそも。
壇は自分から七代千馗の見舞いへ行こうと思い立ったわけではない。
此処へ来たのは、飛坂巴と穂坂弥紀らに背を蹴られた所為である。
メールを受け取りはしたもののそこから思考は働かずただただ立ち止っていただけの壇に、状況を正しく知る為の術を教え、そうして、抜け殻のようにぼんやりしているくらいならばさっさと見舞いにでも行けばいいだろうと、簡単に笑って言い切ったのは誰であろう彼女らだったのだ。
あの時、壇は確かに感謝していた。彼女らのやさしさと勇敢さと聡明さに、眼を醒まされたような心地を覚えたものだ。自分はといえばただ茫然と立ち尽くすのみで、そこから何も思い付きなどしなかったから。
踏み出すべき方法と踏み出すだけのちからを与えてくれた彼女らに対しての気持ちは、今も当然変わってはいない、けれど。
壇は、そこで眼を眇めた。

けれど今は。
自分が此処へ来たのはやはり間違いだったのだ、と思う。

「壇、」

壇の真正面で雉明が再び名を呼んだ。

「…………此処は、冷える。 今日は特に気温が低いそうだから。 だから…………此処に居るよりも、中へ、入った方がいい」

壇よりも余程寒そうな雉明はそう言って、淡く困惑した表情で首を傾けている。
自身のことに関しては全く頓着していないようだから、やはり彼はほとんど寒さを感じてはいないのかも知れない。全く不思議な男だと短く笑いながら、壇は彼の申し出に対し改めて首を横へ振った。

「いや、いい」

壇がそう言うと。雉明の眉根がより一層の困惑によってひそめられる。

「………………どうして、」
「どうしてって、……そりゃ」

その理由を雉明自身に問われているのだから、壇としては笑うしかない。
しかし、少なくとも壇は答えるべき義務が自身に在るのだと思っているから、こうして訊ねられた以上答えぬわけにはいかないのだが。

この鴉羽神社の境内には、神使、というものが居るのだという。それは以前、壇が七代千馗から聞いた話だ。
建てられた阿吽像と同じに、狛犬と狐が各々ひとりずつ。そして、それは七代のような特別な眼を持つものでなければ視認出来ぬ存在なのだと。
札から溢れ出たちからの欠片を宿しているとはいえ、たったそれだけのことである。それ以外、壇の身体は七代のように生来特別な風には作られていない。だから、壇がいくら眼を凝らそうとも在るのはただ色褪せた真冬の景色のみで、そこに何かを見付けることは出来はしないのだ。
しかし壇の眼には見えずとも、いつもこの境内に居るというのなら。いま自分が雉明と交わしているこの会話も、もしかすれば彼らは聞いているのだろうかと。少し愉快そうな素振りで語っていたあの男の声音を、壇は思い出していた。
心の準備でもするように、やはり何も見つけることの出来ないただ殺風景なだけの景色をぐるりとひとつ浚い、それから視線を雉明の方へと戻していく。
そこに在るのは、こちらに照準を合わせたたままの、とても真摯な眼。
ああ、七代千馗とはまた違うけれど、彼の底も本当に、ひどく、見通しづらい。

「……………………お前だよ、雉明」

壇の唇が重く開いた。
そこからこぼれ落ちた声音が凍える寒さの中で白く凝る。

「………………馬鹿だよな。 俺、お前がここにいるってこと、忘れてたんだ。 お前がいるなら、俺がここに来る意味なんてねェのによ……ホント、なんで忘れちまってたんだか」

つまりは

お前がいたから。
だから、俺は中へ入らなかったのだと。

義務を果たすように、胸郭に在る事実をそのまま壇が口にすると。その瞬間、雉明の眼がはっと見開かれた。続いて、今まで静かだった気配が息を詰めたのと同時に僅かに強張る。
雉明のおもてに浮かんだ色は確かに、驚愕という類のもののようだった。
未だ彼と親しいとは言えぬ壇の眼にも明らかに、それと判るほどの。



口にした通り、壇はすっかり失念していたのである。
此処には雉明零が居るのだ、ということを。
見舞いと言っても、実際此処へ来てどうするつもりだったのかということについては、壇自身にもよく判らない。飛坂巴と穂坂弥紀に方向を示され、自身でも成程それが最善だと納得したから来た、ただそれだけのことである。何か詳細な策が在ったわけでは決してない。
見舞いと言われ、確かに、真直ぐ帰宅してあれやこれやと意味のない思索を延々と繰り返すならそれよりも直接足を向ける方が余程自分の性に合っていると、自身でもそう思ったから。特別に何かをしようと、何かが出来ると、明確に考えてのことではなかったけれど、それでもおぼろげながら傍に居さえすれば自分にも何かあの男の為に出来ることがもしかしたらあるかも知れないと、そんな風に思いながら。
けれど、玄関先へ出て来た雉明零の顔を見たその瞬間。そうではなかったのだと、壇は悟ったのである。
他でもない。七代千馗の傍らには、雉明零が居たのだ。
呪言花札のあるじとその番人として特別な絆を持ち、半ば盲目的と言っても良いほど七代を慕う、雉明零という男が。自分が来なければならないような、そんな理由は何ひとつとしてありはしなかったのだ。
雉明の存在を思い出した途端に深くそう感じた壇は、持参した見舞いの品だけを雉明に預け、一歩も中へ入ることなく境内へ出た。
それが。雉明本人から求められた答えの全容である。

「…………なァ。 それより……あいつ、熱出して寝てるんだろ?」

何か言いたげな様子を押してこちらから問えば、雉明は白いおもてに困惑と驚愕を残したまま、とにかくひとつ頷いてみせた。

「、…………ああ。 一度眼を醒ましたきり、あとはずっと眠っている」 
「……そっか」

眼を疑うほどの戦闘力を発揮するかと思えば、その反面、七代千馗という男はあまり頑丈には出来ていないようで。疲労が溜まるとまるで燃料が切れたかのように動作が愚鈍になったり、或いは深く眠りこけてしまうということが時折あったから、もしかしたら今回もそうした理由で調子を崩し、風邪をひいてしまったのかも知れない。
自分を抱き枕だなどと称して所構わず眠っていた七代の姿を思い出し、壇はふと息をつく。
ああいった場合ならともかくも、いま此処に、自分の役はない。此処には、雉明零が居るのだから。
自分にしか出来ないことなど、何もないのだ。

「………………きみの、」

壇の眼がそちらへ向き直る前に、雉明が口を開く。
ぶつかる視線。不透明な彼の眼には、まだ僅かな波紋が見えた。

「すまないが、きみの…………さっき言った言葉の意味が、おれにはよく判らない。 きみが中へ入らないことと、おれがここに居るということ……おれには、どうしても関わりがないように思える」
「、…………まァ、そうだな……お前にとっちゃそうなのかも知れねェけどよ。 俺には関係あるんだ。 あいにくとな」

壇の語調はきつくも重くもなかったが、雉明は少しだけ俯いてしまう。

「おれが………………きみの妨げになっている、と?」
「妨げ? いいや、逆だって。 要らねェのは、お前じゃなくて俺の方。 お前が傍に居るんなら……、何も、俺が出張ってくる必要なんてねェだろ? 中に入らなかったのは、なんつうか……まァ、そのケジメみたいなモンだ」

壇は座ったまま、俯いてしまった雉明の顔を覗き込んだ。

「見ての通りホラ、俺は細やかな看病とかそういうのは明らかに向いてねェしよ……お前は何より元々ここに居るわけだし、俺より適任だろ? どう考えてもさ。 お前が居るなら俺は要らねェってこと。 …………判るか?」

自分よりも適任なものが近くに居るのに、それよりも不得手なものが後から加わったとして一体なんの意味がある?
壇がそう言い聞かせるように覗き込むと、雉明は視線を合わせず何処か違う場所を見詰めるような眼をして僅かにだけ瞼を伏せた。
彼のこのおもてに滲んでいる色は何なのだろうと、雉明の白い頬を凝視しながら壇は内心首を傾げた。何処か苦痛に耐えるような、悲嘆に暮れるような。そんな匂いのするこの感情は。壇に対しての同情とか、そういった類のものでないらしいことは何となく察することが出来るのだが。
壇がそう考えているうちに、俯いたままの雉明がぽつりと言葉を落とした。

「……………………きみの言う、言葉については何となく、理解出来たと思う。 しかし、納得することは到底不可能だ。それは、違う」

存外、強い声音。
静かであることに変わりはないが、そこには何か、込められたちからがあるようだ。
けれど、壇は笑って首を振る。

「そりゃ、まあ……いきなりそんなこと言われても納得出来ないかも知れねェけどよ。 ……でも、事実だろ、間違いなく。 お前が納得する、しねェの問題じゃねェんだ」
「、ちがう」
「だから、違わねェんだって。 あいつの傍にお前が居るんなら、お前が看病してやりゃ済む話だろ……俺でなきゃとか、俺しかやれねェ、って話じゃねェ」

残念ながら、それは事実なのだ。
そう言って微笑んでみせた壇の胸郭に、ぎゅっと掴み込まれるような黒い痛みが広がっていく。あの男のことを思えば思うほど、強く湧き上がる疑問と焦燥。
自分には七代が必要でも、逆に七代から必要とされるだけの何かが果たして自分の中にあるのだろうか、と。壇はいつもその思いに苛まれるのである。
あの男の隣へ並び立てるようにとどれだけ望もうと気持ちだけではどうにもならぬ、結局は自分なりに己を磨いていくしかないのだと、重々そう理解してはいても、時折、それが実のところ自分が思うよりも遥かに途方もないことなのではないかという不安めいたものにずるりと足を取られてしまうのだ。

「……………………看病、など」

何処かつらそうにそう呟いた雉明をじっと見詰める。
そう。
雉明零というこの男を何も疎んじているわけではなかったし、嫌いなわけでも憎んでいるわけでもない。むしろ仲間のひとりとして、壇は彼のちからとひととなりを信じている。彼と自分では担う役割が違っているのだということもきちんと理解出来ているから、その差異を不満に思っているわけでもない。壇の中に在るのは決して、そういった類のものではないのだが。
それでも、どうしても雉明を見ていると時折、酸にも似た黒っぽい焦燥が飛沫を上げながら臓腑の奥底で飛沫を上げるのである。
彼と自分とは違うのだと判っていても、もし彼なら、と。彼の方が、と。
ひどく遠いところから、しかしはっきりと、ざらついていてとても耳触りな声がすぐ耳許でそう囁くのだ。
噴き上がる黒い酸が、壇の何かを刺激し、そして傷つける。
確かに。このような有様なら、到底自分は七代千馗の隣になど並び立てる筈がない。

ホントに、おれはどうしようもねェ

「…………」

ぱん、と。
腹の底から這い上がってくる一切の濁ったものを己から振り落とすように、壇がひとつ手を叩いて立ち上がる。
手を打つ乾いた音が、しんと鎮まり返った境内の空気を貫きながら響き渡った。
突然の音に、今まで俯いていた雉明がはっと顔を上げる。

「………………悪い。 ここに長居させるとお前まで風邪ひかせちまうかも知れねェな。 ………ありがとな雉明、用も済んだし、俺そろそろ帰るわ」
「壇、」

壇が努めて明るくそう言うと、雉明は眉根を寄せた。
彼のおもてに浮かぶのは非難なのか、それとも単に疑問の積み重ねによる消化不良なのか。
壇にしてみれば答えはあれで全てだったが、口にしていた通り彼の方は未だ納得はしていない。だから、まだまだ訊ね足りないのであろうということは、壇にも充分判ってはいる。しかし。彼の抱いているものがどんなものであったとしても、壇にはこれ以上彼のそれへ耳を傾けるつもりがなかった。
壇の答えはあれで全てである。他には何もない。疑問を抱かせてしまったぶんの義務は果たしたのだ。それ以上、何故そうなるのだと理由について重ねて問われても、壇自身おのれをきちんと掴み切れてないのだから彼を充分に納得させられるような説明など、先刻話した以外には出来る筈がなかったし、お前のそれは単なる子供っぽい嫉妬と独占欲なのだろうともし非難されたとしても、壇はそれに対して首を縦に振ることも横に振ることも出来はしないのである。だから、彼と会話を続けることには何の意味は無いのだ。少なくとも、壇にとっては。
けれど、いくらそうやって理由を付けてみたとしてもここで口を閉ざしてしまうことは、結局のところ逃げというものでしかないのだろう。
彼の言葉を受け止められぬ、己のあまりの不甲斐無さに壇はこっそりとひとり苦笑を洩らす。

「、………………ああ、そうそう……、帰る前にひとつ言っとかなきゃならないこと思い出した」

そこでふと帰路へと踏み出しかけた足を止め、壇は再び雉明の方へ向き直った。
今日、自分が唯一七代千馗の為にしたことを思い出したのである。ほんの数時間前の出来事なのに、何だかもう昨日のことのようさえ思える。

「来たときお前に預けたやつのことだけどよ。 アレ……中、見たか?」

壇の問いに、雉明は瞬きながらふるりと首を振っている。
別段開封するなと伝えたわけでもないのに、全く律儀なことだ。
雉明の気真面目さに少し笑い、壇はそうか、と頷いた。

「いや、アレな、ケーキなんだよ。 ……まァ、あの箱見りゃ大体予想ついてたとは思うけど」
「、ケーキ?」
「あァ。 あいつ…………その店のケーキ好きだっつってたからさ。 まァその、あいつならともかく俺みたいなのがひとりで店入んのも買うのも結構恥ずかしかったけどよ…………果物が乗ってるやつをいくつか選んどいたから、調子悪くても好きなモンなら多少は食いやすいんじゃねェか、って、」

カルパタルの激辛カレーをぺろりと平らげているかと思えば生クリームがふんだんに使われているような菓子も平気で食べるという、苦味も甘味も得意でない壇にとっては全く理解しがたい味覚である。
苦手であることをよく知っているくせに、うまいからたべてみろとケーキを突き付けながら笑う七代の笑みが鮮明に脳裏へ蘇り、そこに今朝羽鳥朝子の口から伝え聞いた情景が、薄く重なった。
先刻自分が訪れたあの玄関で、七代は倒れたのか、と。
壇自身はあまり熱を出すような質ではないから、あの男を襲った苦痛が一体どれほどのものであったのかはよく判らない。想像してみることさえ、壇には難しいことだ。

「……」

脳裏に浮かんだ絵が壇の上へ圧し掛かり、全身を巡る血がみしりと重くなる。
あらゆることに翻弄されて散り散りに乱れていた思考が今いくらかの時間を経てようやく正常に動き始めたのか、起こった事実が実感としてじわりじわりと壇の中へ広がり始めていた。他でもない、己の胸郭においてひどく広い面積を占めているあの男が倒れたのだと、その事実の意味するところが今更ながら深く浸透していく。
自分が代わってやれればいいのに、と益体もなくそう思う。
或いは、せめて半分だけでも譲り受けることが出来たら。
しかし、どれほどそう願おうとも決してそれは叶うことがない。壇はただ奥歯を噛み締めるしかなかった。
自分の出来ることは、あまりにも少な過ぎる。

「……………………俺にはそれくらいしか、出来ねェからな」

さすがに表情がひびわれてしまい、壇の顔が自然と下へ引っ張られる。
下を向いたその視界の中で、雉明の爪先がじゃりと一歩、砂粒を踏み締めた。

「……壇、それは、」
「いや……いいんだよ、ホントにその通りなんだからな」

半端な慰めは壇の必要とするところではない。
それに、もし雉明の言おうとした言葉が慰めの類でなかったとしても、胸中がこんな状態では返すべきうまい言葉などとても思い浮かびそうになかったので。
壇は意識して大きく息を吐き落とし、表面の三割程度をとにかく急速に冷却させてから鞄を抱え直した。
自分の果たし得る役割が此処にないのに長く留まっていては、己の中の何かがどうにも黒く腐食していくばかりである。話すべきことも出来得ることももうないのだから、自分は早急に去らなければ。

「雉明」

静かな眼に困惑を湛えたまま壇を見遣る雉明の肩へ、掌を乗せる。
いま七代千馗の傍らに在るべき役目が己のものでないなら。それが自分ではなく、彼の手の中に在るのなら。

「壇、」
「……………………雉明……、あいつのこと、頼む。な」

それなら。
託すしか、ないのだ。壇に出来るのはただそれだけだ。

「……壇」
「…………馬鹿みてェに強かったり何でも出来るかと思えば、ああ見えてあんま身体強い方じゃねェみたいだからさ、あいつ。 戦いなら役に立てるけどよ、こういうのはな……一緒に住んでんのはお前なんだ、あいつのこと見てやってくれ。 先生にも頼んであるけど、お前ももしなんかあったら何時でも連絡してくれりゃいいから」

そんな事態は万にひとつもないと信じてはいるけれど、しかし、もし自分の手が必要になるのならば、その時こそは。その時まで、あの男のことは彼へ任せよう。
壇は、凝る唇にぎごちない笑みを乗せた。

「ケーキも、もしあいつが喉通らねェってんなら白かお前に任せるからさ。 そん時は片付けといてくれ。 俺が言いたいのはそんだけだ……じゃあな、雉明。 …………頼んだぜ」

出来得る限り明朗にそう言い切って。
それから、くるりと鴉羽神社に背を向けて大股に歩き出す。

曲がり角へ差し掛かる前に一度、名を呼ぶ彼の細い声音が背に掛かったが、壇は一切そちらを振り返らなかった。



















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ほんとはここで切って上げる予定がなかったので、何だか唐突な終わりですねもうしわけない。

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