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2011/05/13 (Fri) 鬼祓師文章 / 壇燈治おめでとう話

拍手とコメントを有難う御座います、この次の記事で速やかにお返事させて頂きますのですみません、もう少しだけお待ち下さいませ!



覚束無い(いつもです)文章脳を回転させながら何とか書いてみた、ので、残念過ぎる出来ではありますが、よ、ろしけ、れ、ば。
忍耐力が足りないのか集中力が足りないのか、それともやる気が不足しているのか、といえばきっと全部足りてないんだろうな。

題名の通り、誕生日の話です。
あ、いつもの通りに春夏編というかイフ設定で。


残念でもまあ読んでやろうという猛者であり天使でもある方は、追記からご覧下さいませ。



















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『五月十三日』







その日の朝、通学路にて珍しく飛坂巴と穂坂弥紀に出くわしたのは、七代千馗にとって果たして幸福だったのか不幸だったのか。



巴は挨拶もそこそこに、七代の顔を見るなりこう言った。

「アンタ、今日が壇の誕生日だってこと、もちろん知ってるわよね?」

対女子生徒用のごく他愛ない話題を振ろうとしていた七代の喉が、途端にぐっと詰まる。
朝はどうにも脳の全てが覚醒し切っていないのが七代千馗という男の常なので。唐突に突き付けられた言葉自体の意味は理解出来るものの、いかんせん残念ながら今は思考の巡りが幾分遅く、その所為で言外に匂わせられているものや声音に込められた色合い、といったものについてはいまひとつ正確に捉え切ることが出来ないのである。普段であれば、そういったものはむしろ七代の得意とする分野なのだが。
眠気という名の白いもやに思考を妨げられつつ七代が返すべき言葉の選出に苦心していると、弥紀が親友である巴の隣でふんわりとやさしく微笑んだ。

「巴ったら。千馗君は壇君の親友だよ? とっても仲良しなんだから、お誕生日くらい……、」

その柔らかい笑顔から眼を逸らしつつ、頭を掻く。

「……………………まあ、なんというか……男子ってのは、女子のみなさんほど誕生日を重視してないっていうか…………」

絶対的な信頼を裏切ってしまうことにやや申し訳無さを覚えながらも仕方無く七代がそう応えると。
弥紀は、心底驚いた風にくるりと眼を丸くした。

「……えっ? え、千馗君……ほ、ほんとに?」
「やっぱりね、そうじゃないかと思ったのよ」

弥紀にとってはかなり有り得ぬ事実だったようなのだが巴の方はどうやらそうした答えを予測していたらしく、何処か勝ち誇るような表情でフン、と短く鼻を鳴らしてみせた。
まさか。これを問う為に待ち伏せをしていたのでもないのだろうが。
そう考えつつ、ゆるりゆるりと脳の回転速度を意識的に速めながら、七代は完成度の低い笑みを浮かべた。

「………………………………えーと……、で、?」

苦々しい微笑を貼り付けながら、続くのであろう言葉を促してみる。
今日が壇燈治の誕生日なのだと、そう知らせて、それから彼女はどうしたいのか。何が言いたいのか。つまるところ、結論は何なのか。
勿論、七代はこの問いの先に伸びるものが何であるのか全く心底読めないというわけではないのだが、下手に遮ったり賢しげに先回りをしてみせたりするのは飛坂巴に対する場合はあまりうまい遣り方ではなさそうな気がするので、彼女にはとにかく腹で煮詰めているものを全てきれいに吐き出してもらおうとしたのだが。

「別に? で、ってことはないわよ」

七代の予想を裏切り、巴は軽く笑って肩を竦めてみせた。
踏み出してもらう為にわざわざ場所を用意して差し出したというのに巴は其処へ踏み込もうとせず、むしろ足を退いてしまったのである。差し出した掌が空を切るかたちになった七代は、ひどく拍子抜けだった。脳裏にはすでに、矢継ぎ早に己の言葉を展開させる巴の姿が鮮明に浮かんでいたのだが。

「、は?」
「あら、聞こえなかったのかしら? だからあたしは、話はそれだけだって言ってるの。それを訊きたかっただけよ、続きはもうないわ」

行き過ぎてたたらを踏んだ心地の七代は思わずそう訊き返したが、巴には取り合うつもりがないらしい。
いきなり言葉を投げつけておいて、腹に真意を抱いているのは明らかだというのにそれを口にしようともせず。巴はさっさと弥紀の腕を取っている。

「じゃ、行きましょ弥紀」
「、ちょっ、と、」
「ああ、そうそう。そうね、ひとつだけあったわね」

七代と巴と、双方の表情を交互に見遣りながらおろおろと困惑している弥紀の手を引き、わざとらしい声音でそう言いながら巴は、思い出したように首だけを振り向かせた。
その所作につられて彼女の真直ぐな髪とリボンが勝気に揺れる。

「参考までに言っておくと……あたしたちが用意したのは、各地の珍しいレトルトカレーセットなの。色んなところから取り寄せたりして集めたものよ。ね、弥紀?」
「えっ、あ……、う、うん、そう、そうなの。デパート廻ったりとか通販見たりとか……レトルトカレーって本当に色んな種類があるんだね、見てるだけでもすごく楽しかったよ。壇君もどれか気に入ってくれると嬉しいな」
「そうなの。まあ、そういうことだからせいぜい参考にでもしなさいな。じゃ、また学校でね。……さ、行くわよ弥紀」
「う、うん」

何処までも結論を口にしないまま。
きゅっと口角を吊り上げた巴は一方的にそれだけを言うと、七代の思考回路がうまく巡り切らぬうちにさっさと歩き出してしまった。巴に続く弥紀は、心配そうな表情で何度も何度も七代を振り返っている。

「…………ね、巴、」
「いいの! だって、これだけ言えば、もう充分でしょ?」

数歩ぶん後方に取り残された七代の耳にも充分届くよう巴は言い。やはり勝ち誇った表情でちらりと七代の方へ眼を遣ったあと、今度こそ一度も振り向かずにそのまま立ち去ってしまった。
七代は、遠ざかる彼女らの背を見送りながら口許を歪める。

「……………………なるほど…………」

腹の底からじんわりと苦みのようなものが湧き出してくる。
この苦みはしてやられたことへの敗北感なのか、それとも今日訪れることが決定してしまった面倒ごとに対しての先走った疲労感なのか。
どちらにせよ。飛坂巴の『作戦』は七代千馗に対し、大層、功を奏したのだろう。

壇燈治の誕生日だ、などと

一旦耳に入れてしまえば、どう足掻いたところでその事実は脳にこびりつく。きれいに払拭してしまうことなど不可能で、結局のところそれは七代の意識についてまわるのだ。
もし、万一祝えと強制されたのであればそれを理由にすることも出来たというのに。巴はそこまできちんと正しく読み切っていたらしかった。

「…………………………まったく、イイ作戦だこと」

瞼に残る飛坂巴の笑みに苦り切った微笑を返しながら、登校する生徒たちの波のなかでひとり立ち尽くしたまま七代千馗は深く深く溜息を吐いた。







昼休み。

鴉乃杜学園屋上にて、七代千馗はいつものように壇燈治と昼食を共にしていたのだが。
すでにタマゴサンドを食べ終えた七代は、七代千馗という男にしては珍しく、ひどく上の空だった。
きれいに晴れ渡った淡い空の色も眼に入らず、校庭で元気に遊ぶ生徒たちの喧騒も耳へ届かない。そうして実のところ、膝の上へ広げた本の文面でさえもただ眼に映しているのみで、頭の中へはちっとも入っていなかった。
そんな七代千馗の意識を占拠しているものはもちろん、今朝、巴から突然投げつけられた例の件についてである。

七代はぼんやりと紙の上に並ぶ文字の列を眺めながら巴の立てた作戦の秀逸さに改めて感服したり、あらかじめことごとく逃げ場を潰しておくという慈悲の無い遣り方を恨んだり、その一方で、だからどうしたと開き直ってすっぱり捨て置くことの出来ぬ己の甘さに嘆いたり、かといって素直にも応じられぬへその曲がりようを大いに嘲笑したりしながらも、結局のところは何を贈るべきかということについてただひたすら延々と律儀に考え続けているのだった。
全く、そんなに苛々するくらいなら忘れるか潔く乗るのか、そのどちらかにさっさと決めてしまえばいいのに、何故自分はこうも面倒な構造をしているのか。
静かな表情の裏で七代はひとり苛立ちを増幅させているのだが、そんな葛藤など当然知る由も無い壇はといえばとても呑気に空の色を眺めている。

「こないだまで肌寒かったってのに、なんつうか今日は暑ィくらいだな」

ささくれた神経の上にふんわりと重なる壇の声。
七代は、胸中にてこっそりと溜息を吐いた。

「…………そうね」

相変わらず紙面に視線を落としたまま、読んでもいない頁をぱらりとひとつ捲る。
壇燈治が呑気だからといってそのことに立腹するというのは大層理不尽なことで。そして、腹を立てながら同時にその男を祝う為の品について頭を悩ませている、というのもまた大層滑稽なことだ。それは七代とて重々承知の上である。しかし、承知してはいても腹が立つものは立つのだから仕方が無いのだ。
己の呑気さが親友を苛立たせていることなど思いも寄らぬであろう壇は、青く晴れた空へ向けていた眼を七代の方へ戻した。

「そういやお前……寒いのも苦手だったけど、暑いのも駄目だとか言ってたよな。今日とか、大丈夫なのかよ」

七代は己の脳を三つに分け、そのうちのひとつで贈るべき品について思案し、もうひとつを諸々の渦巻く感情処理の為に使いながら、残るひとつでもって邪気の無い親友への言葉を検索する。

「……………いくら何でもこれくらいは大丈夫です。もうちょっと暑くなるとアレだけど」
「ふーん。お前も大変だな」

返った壇の声に僅かばかりの呆れを感じた七代は反射的に何事か言い返したい衝動に駆られたが、生憎と今はそんなことを言っている場合ではないのでとにかく飲み込んでおく。
いま口にするべきはそれではなく。それよりも、それよりも。

「…………………………暑くなる、といえばさ」

七代は咳払いをしながら、手許の頁を二、三枚飛ばして捲った。

「……お前さ、服とかってちゃんと持ってるの? あんまり一緒に出掛けないから、お前の私服って家着しか知らんけど」

幸い、本人が傍らに居るのである。ならば、壇自身から有益な情報を引き出さぬ手は無いだろう。
どうせ七代ひとりで思案していてもうまい妙案など浮かぶ気配も無し、それに贈られるのは壇なのだから、より自分の希望に近いものの方が壇にとっても良いに決まっているのだ。
だから、七代はそう訊ねてみたのだが。

「、あァ?? 服??」

案の定、と言うべきか。
返ってきた声音があんまりだったので、七代は一瞬装うことも忘れて心底脱力してしまった。

「…………あー、いや…………うん、もういいわ。ぜんっぜん興味無いんだろ? もう声だけで判ったから」

肩を落としながら掌をひらひらと振ってみせると、壇は少しむくれたようだ。
七代にしてみれば、こちらの方が余程むくれたい心境なのだが。

「、だって、興味、ってもよ」
「はいはい、どうせそういうのはシャベェ、とか言うんだろ? ガラじゃねえとかさ」
「馬鹿ザルじゃあるまいし……てか、判ってんなら訊くなっての。第一、お前だってガラじゃねェって思うだろ? 俺があれこれ服装に気ィ配るとか……んなことしたってしょうがねェだろうが」

しょうがない、というのは一体どういうことなのだろう。
そう考えながら七代は、ちらりと壇の膨れっ面を見詰めてみる。顔の造作、身体の造り、バランス。
そして、ひと通り眺め終えてから溜息を吐いた。

「…………別にさあ、しょうがねえ、ってこたァないでしょうよ」
「そうかァ?」

そう言われたところで、壇はやはり腑には落ちないらしい。
別段、欠点らしい欠点もないというのに勿体無いことだ、と七代は思う。けれど。これが同時に壇燈治らしさであることもまた事実なので、仕方の無いことなのかも知れない。
そう考えた七代は、早々の却下について苦笑しつつ甘んじて受けておくことにする。

「まあ、服ですらソレなんだから、壇きゅんが装飾品の類なんて付けるわけはないしなあ」

こちらは十割以上結果の見えている提案である。口にした七代自身、壇がそうしたものを好むとは全く思っていなかったし、身に付けている姿を想像することすら難しかった。

「装飾品ってなんだよ」

問い返す壇の表情はやはり、何処か胡乱気だ。

「ん~? まあ、例えば、指輪とか?」
「、ゆびわァ? んなもん付けんのは女だけでいいだろうが」
「わー、ものすごく言うと思った。予想通りの返答、本当にどうも有難う」

七代もあまりそうした装飾品を身に付ける方では無かったが、それにしてもこの男の拒絶反応は少し極端過ぎる。

「付けたり外したりすげェ面倒臭そうだし絶対失くすし……まァ、喧嘩ん時には役立つかも知れねェが、そういうのはそれこそ俺のガラじゃねェしな」
「おい、喧嘩かよ。一応言っとくけど、メリケンサックは指輪じゃねえよ?」

装飾品の話題が喧嘩に流れ着くとは。
壇燈治以外ではなかなかに有り得ないであろうその思考に、七代は笑うしかなかった。全く、この男の日常は一体どうなっているのか。その笑みの大半は呆れによって成っていたのだが、そんな七代の顔を見詰めながら壇がふと軽く呟く。

「ま、俺みたいなのは論外だろうけど、お前だったら普通に似合うんだろうな」

何せお前はセーラー服さえそれなりに着こなす男だからな、と。
壇はそう言って、面白そうに笑った。

「、……………………」

その言葉とその笑みに対し、七代は果たして一緒に笑っておくべきところなのかそれとも怒るべきところなのかがよく判らずにしばし機能を停止させてしまったのだが。固まっていた所為で反応を返すべきところを逃してしまい、結局はただ視線を逸らすのみになってしまう。

「……………………俺のことはいいんだよ、俺のことは」

それにしても何故自分はいま照れているのだろう。
七代は、自身の不思議な精神模様について眩暈さえ覚えた。いまは照れている場合では全くないし、照れる理由も判らないのだが。
不意に溜まった妙な温さを振り払いながら、七代はとにかく思考能力の回復させることにする。

「今はお前の話をしてるんだよ、壇きゅん」
「あァ?」

自分の発した言葉がどういうものなのか自覚していない壇は、ペットボトルの中身を飲み干しながら首を傾けている。
この男は七代千馗にとって本当に、時々ひどく質が悪い。

「考えてみたらさ、趣味らしい趣味って全然ないよなあ。何かにモノに執着してるでもなし。壇きゅんって音楽とか聴くの?」
「おんがく? …………そういや別に聴かねェな」
「ていうか、お前の部屋に音楽機器的なやつって何かあったっけ?」
「…………いや。テレビはあるけど」
「で、す、よ、ね」

軌道を修正してみたものの、手応えの無さは相変わらずで。七代はがっかりと肩を落とす。
服飾関連にも興味が無く、別段音楽も聴かず、七代のように本を愛するわけでもない。この男の好きなものといえば野球なのだろうが、いま壇がそれをしていない以上はそうした品を贈っても恐らく意味が無いのだろう。それに、誕生日だからといって花を贈るような相手でもなし。(尤も壇自身がそれを喜ぶというのなら七代は一向にそれでも構わないのだが)
こういう男には一体、何を贈れば良いのだろう。
そもそも、七代にはこうして他人の誕生日に何かを贈った経験があまり無い上に自身とて趣味と呼べるものがほとんど無いものだから、どうするべきなのかよく判らないのだ。

「……………………壇さあ、」

溜息を吐き落とす七代の脳裏に、今朝の光景が蘇る。
本当に全く、飛坂巴には感心するほかない。
改めてよくよく考えてみれば、然したる趣味の無い壇に対してレトルトカレーセットというのは本当にうってつけの品で、それを贈答品として決定し、そしてあらかじめそれをこちらに宣言して釘を刺しておくなど、大変見事な手並みである。尤も、自分たちの用意したものがレトルトカレーであるとわざわざ知らせたのは単に同じものが被ってしまわぬようにという配慮だったのか、或いは先取りしたことによって七代を悔しがらせようという策だったのか、というところについては七代にはよく判らないのだが。知る為には巴本人へ訊ねるしかないのだろう。
四限目が終了してすぐに教室を訪れた巴と弥紀がなにごとか壇に話し掛けていたから恐らくはその時にもう手渡したのだろうが、きっとこの男も喜んだに違いなかった。唯一、この男の執着しているものというのが、カレーなのだから。
その唯一の品を先に取られてしまったというのは、今更ながらひどく厳しかった。
で、あれば。七代に残された策はもう、そう多くはないのだが。

「何だよ」

苦悩する七代の声に応じる壇は、やはり何処か呑気である。或いは、呑気に見えるのはひとえに七代が悩み過ぎている所為なのだろうか。

「……………………なんか、欲しいなーっていうものとかさ、ないの?」

遠回りをしても成果が得られないのなら、直接当たるしか方法は無い。
それは何となく七代にとっては己の流儀に反する気もするのだが、それも已む無し、である。
しかし、そんな苦渋の最終手段にも壇は、別段表情を変えるでもなく、ゆったりと首を傾けながら考えたのち、

「欲しいモン? ………………いや、別に、特には」

と、普通に答え返した。
この男は。己の誕生日に欲しいものはと訊かれ、それでもまだ理解が及ばないとは。巴と弥紀からプレゼントを受け取ったのだろうに、まさか誕生日のことを失念してしまったのだろうか。
親友の呑気過ぎる顔を眺めながら、七代は先刻とは違った意味でまた脱力してしまう。

「…………あっ、そう……」

当人が己の誕生日を覚えているのかはたまた失念しているのかもよく判らないようなこの状況で、そして所望するものも無いというのなら。もしや、贈答するべき品について自分があれやこれやと思い悩むのは、恐ろしく無駄なことなのではないのだろうか。
脱力ついでに思考するちからさえ何割か失ってしまった七代は、一旦は捨てた選択肢について改めて考え始めた。
巴の策に乗せられて悩んではみたものの、そもそも何も求めていないのだと言うこの男に自分は何か贈る必要があるのかどうか。唯一この男が喜ぶであろうものは、もう贈られた後だというのに。

ぶっちゃけ、おめでとうって言っとくだけでもいいんじゃ、

何となく少し馬鹿馬鹿しくなってしまって、七代は手許の本をぱたりと閉じた。
そこへ、落とした嘆息が挟まる。どのみちもう装う必要は無いのだし、文字を読んでいられるような心境でも無かったから開いていても仕方が無い。
しかし、紙と紙が合わさるその音になぜか壇が反応し、少しだけ視線を持ち上げた。その眼線は七代の膝に在る重厚な本へ向けられている。

「……それ、また図書室で借りてきた本か?」
「んん? ああ……まあ、そう」

応える七代の声音は先刻よりも妙に投げ遣りなのだが、壇は気付いた風でもなく。食べ終えて空になったパンの袋をくしゃくしゃと丸めながら、続けて訊ね掛ける。

「今日の帰りに返しに行くのか?」
「いや、これじゃなくて教室に置いてるもう一冊は確かに今日返すけど、…………何?」

教科書を含めて文字というものを普段ほとんど読まないこの男が、七代の持っている本について興味を示すのは相当に珍しいことなので。七代は訝しげに首を傾ける。
まさか、読みたがっているわけでもないのだろうけれど。
訝しみながら七代がそう問い返すと、壇はほんの少し慌てたような表情で二度頭を振った。

「……あー、いいよ、別に大したことじゃねェから。本、返すんだろ? で、いつも返す時には新しく借りてく本を物色する、って決まってるもんな」
「そうだけど……だから、それが何なんだよ」

壇の言は、何だかあまりに歯切れが悪かった。
その所為で七代の表情が思わず、更に訝しげなものになる。
強引な時は本当に強引な振る舞いをするくせに、どうしてこの男は今更妙な遠慮をするのだろう。
視線の上に無言の威圧を乗せてしばらく見詰めてやると、親友の不況を買ってまで言い淀む意味は無いと悟ったのか、壇は自身の首を擦りながら溜息と共にぽつりと白状した。

「いや……………………別に、マジで大したことじゃねェんだよ。ただ……今日帰りに、おっさんとこのカレー食いに行かねェかな、ってちょっといま思いついただけで」
「、カレー?」

壇の口からこぼれ落ちたその単語に、七代は大きく瞬いた。
それは本当に純粋な驚きによるものだったのだが、何か取り違えたのか壇はやはり慌てた様子でふるふると首を振っている。

「いやいやいや、だから、マジで思い付いただけなんだって! 俺は別に、無理を言うつもりじゃなくてだな……、あーッ、もう、」

だから、敢えて口にしなかったのに

そうぼやいてから壇は重く嘆息し、何だか頭を抱えてしまった。
七代は、閉じた本を膝の上に抱えたまま、驚いた眼でただ壇をじっと見詰めている。

「……………………お前、カレー食べに行きたいの?」
「、いや、だからもういいんだって」
「さっきカレーパン食べてたのに?」
「…………中途半端にカレーパンなんか食った所為で余計に本格的なカレーを食いたくなっちまった、ていうか、」
「飛坂と穂坂にレトルトカレー山ほどもらったのに?」
「いや、別にあれはまだ食ってな……、……って、何だよ、お前よく知ってんな。見てたのか?」
「見てないけど、」

言って。七代はふと瞠っていた眼を緩めながら、僅かに笑んだ。
あれこれと思い悩んでいた時には糸端さえ見えなかったものが突然眼の前にあらわれて、この掌に掴めそうな気がしたのだ。

本当に、この男がそれでいいと言うのなら。
そんなものでいいのなら。

「ああ、いいよ。カレーね、食べに行こうじゃないの」

七代が笑ってそう言うと。壇は面白いくらいにぎょっとして、持っていた空のペットボトルを取り落としてしまった。
何も、そこまで驚かなくてもいいと思うのだが。

「、俺は、だから別に…………、け、ど、つってもお前、本はどうすんだよ、」
「そりゃ返すよ。壇きゅんが返しに行く時間も待ってられねえ、って言うんなら俺もちょっと考えるけどさ」
「いや、そうじゃなくて借りる方は、」
「そりゃ、今日は借りないでしょ。臨機応変ってもんがあるからねえ、さすがの俺もデートの相手を待たせてまで新しく借りる本を探したりはしねえよ?」
「……デ、」

ペットボトルを拾い上げる壇が本当にひどい顔をしたので、七代は思わず笑ってしまった。
それにしても、自分は普段そんなにも本を優先していただろうか。壇がここまで恐縮してしまう程? 七代当人にはそうした自覚がまるでないのだが。

「とりあえず、何でも好きなもの頼んでいいぜ。胃袋に入るだけ何でも思う存分食べろ。な。全部、俺がおごってやるからさ」
「、はァ? なんで、」
「あァ? なんで、って……お前の誕生日だからに決まってるでしょうが。まさか、忘れてるんじゃないだろうな」

先刻レトルトカレーセットの話を出していたというのに、この男は一体何を聞いていたのか。
七代からそう言われて、本当にようやく思い至ったようで。壇は、途端にあわあわと落ち着きなく視線を泳がせた。

「て……ああ、そうだよな、そういやさっきあいつらに貰ったモンのハナシして…………、いや、その……、まさか、お前が誕生日なんて知ってるとは思わなかったから……、んなこと話した覚えもねェしよ、」
「馬鹿にすんな? 俺を誰だと思ってんの、俺はお前の相棒なんだろ?」

どうやら少し照れているらしい壇へ七代は、巴が聞いたら確実に怒り出しそうなことを平気で言って堂々と胸を張った。久し振りにかなり悩んだのである、これくらいは言ってもいいだろうと、勝手に自身を許しながら。

「……………………そうだったな。お前は俺の、相棒だもんな」

様々なものを溶かし込んだような。そんな表情で壇が仄かな笑みを滲ませる。
その笑みを見詰め、胸郭から重みが霧散していくような心地を味わいながら、七代は殊更ににこりと笑ってみせた。

「だろ。だから、壇きゅんは似合わない遠慮なんかせずに、とにかく腹一杯だいすきなカレーを食べればいいんだよ」
「判ったよ。……てか、壇きゅん言うな」
「かわいいから別にいいじゃない」
「そのかわいいのが嫌だって言ってんだよ」

肩を竦めながらも壇の口許に浮かんだ笑みはやわらかく。

「………………七代、ありがとうな」

まだプレゼントを受け取ってもいないのに礼を言う、この時折ひどくかわいらしい親友がこれほど嬉しそうな顔をするのなら。

「どういたしまして?」

このくらいのことは全く、お安い御用なのである。



壇と同じく唇を綻ばせながら、七代はこの事実を知らせてくれた飛坂巴へ多大なる感謝の念を捧げておくことに決めた。
























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七代千馗の所持金は半端無いのでほんとに遠慮無く食べて大丈夫なのですよ、壇。






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