melancholia//サイトの更新履歴兼、その時々のプレイゲーム日記、二次文章など。
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2010/09/07 (Tue) 鬼祓師小話 / 七代と雉明、と壇

ああ、やっと、何とか見直し終了……
とりあえず、文章頁は後で。

また、他愛のない話です。
七代千馗がおとなげないというか物騒な話。
わたしの中では主雉+壇、という感じだったと思うんですが、主雉+壇主、なのかも知れず。
まあ、そんな感じです。





鬼祓師文章 『或る殺人未遂事件』






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『或る殺人未遂事件』







書店を覗いた帰りである。

雉明零が鴉乃杜学園の傍を通り掛かったのは勿論、偶然ではなかった。
そもそも神社を出る時から時計を見、書店で時間を見計らい、終業時刻に合わせて此処へ来たのだ。



既に下校が始まっているようで、学校の中は少し賑やかだった。
校門のぎりぎりの処へ立ち、雉明は、其処から校舎を仰ぎ見る。白く煙る己の呼気に透けた鴉乃杜学園の校舎。
七代千馗の、通う場所。七代が大勢の仲間たちと共に過ごす処。そうして鴉乃杜の生徒でない雉明には入る事の出来ぬ処。
札としての能力を概ね失った今でも雉明は気温の高低に鈍感な方だったが、それでも何故か指先が冷えたような気がして。するりと指を擦り合わせて白い息を吹きかける。

七代

校舎と、流れる生徒たちの波を眺めながら、雉明はこっそりと名をこぼした。
せめて共に帰れたらと思い、此処まで来てみたのはいいけれど。
ちゃんと七代に会えるだろうか。
部には入っていないから放課後学校へ残る理由はない筈だが、七代がよく図書室を利用している事は雉明もよく知っていたから、今日も寄るのであれば少し遅くなるのかも知れない。
勿論、雉明は七代千馗を待つ事に対し、何の苦痛も感じない。今は何処を歩いているのだろうか、何を思っているのだろうか、どんな表情をし、何を見ているのだろうかと、様々な事を考えながら七代を待つのは雉明にとってはむしろ、幸福である。けれど。

もしかすると、此処で待っているのは迷惑に、なるんだろうか

校門をくぐって通り過ぎていく生徒たちがみな、あまり一様に此方を見詰めるので、雉明はほんの少し不安になってしまった。七代の迷惑になる事は全くもって雉明の本意ではない。
七代千馗と同じ制服を着た生徒たちの眼と、それに晒される己。
嗚呼、やはり己は彼らとはちがうのだと雉明は思い。仄黒い色が一滴、胸の中へ混じる。その一滴分重くなった益体のない気持ちを払うようにふるりと頭を振った。
栓無いことなのだ。それを思うことは。
七代は、雉明がにんげんとは違っていても、それでもとてもやさしく笑ってくれる。慈しんでくれる。だから、それでいいのだ。それだけが雉明の全てである。

何とか己の中に沸いた馴染みの渦を落ち着かせた頃、雉明はふとポケットに仕舞われている携帯電話というものの存在を思い出した。
どうにも未だ慣れぬ代物なので失念しがちなのだが、携帯電話を使えば離れていても連絡を取り合う事が可能なのである。一瞬で距離を無にして互いを繋げるちから。にんげんの作り出す文明はすごいものだ。
電子的に濾過された七代の声音と、送られた文字を思い出しながら雉明はしばし思案する。此処で待つのであれば、携帯電話で放課後の予定を訊いてからの方がいいだろうか。あまり得意でなく今でもきちんと送れているのかよく判らないのだが、メールなら。
そう思いながら雉明が支給された携帯電話を掌に取り出した、その時である。

見知らぬ鴉乃杜学園の生徒たち数名が、雉明の方を見遣りながら近付いてきたのは。





「今日は真直ぐ帰んのか?」

後ろの席からそう問い掛ける壇燈治の声音には、僅かに揶揄の色がある。
それは何も、言い掛けられた七代千馗の被害妄想ではないだろう。七代は眉を顰めた。

「真直ぐ帰るよ? 今日は図書室寄らずにな」
「へえ、珍しいな」
「うるさいな……お前も少しは字を読めよ、そんで感想文とか書いて来い。俺が採点してやるから」
「マンガの感想ならメールで送ってやってもいいけどよ」

教科書を鞄に詰める気配がまるでないらしい親友の足を、七代は容赦なく蹴りつけた。蹴られた壇は楽しそうに笑っている。蹴られて楽しいとは全く可笑しな男だ。七代は憤慨しながら鞄を閉めた。

「ま、漫画の感想でもいいけどな、一冊につき原稿用紙に換算して少なくとも五枚以上。雑誌なら仕方ねえから一本につき三枚以上にしてやる。言っとくけど粗筋は感想じゃないからな」
「……なんでお前はたまにそう飛坂みてェなことを言うんだよ」
「お前が馬鹿だからだ」
「ひでェ言い草だな…」

幼少の頃から大人でも同年代の子供でも親しく付き合うことのなかった七代にとって、本は、こころを鎮静させるものであり有り余る時間を有効利用する為の術であり誰かに教わらずとも得られる知識の倉庫であった。
そうしてそれは現在では趣味、というかたちになり、その延長が勉強というものでもある。
未知であるという己の中の空白部分が、学ぶことによって既知へ塗り替わり、知識に充たされていく感覚はとても快い。七代はその感覚を愛していた。だから、本を読むことと同様にして学ぶことも七代にとっては趣味のひとつなのである。
しかし。
始終傍らに居る壇燈治は全くそうではないらしかった。どうやら壇だけでなく学生の大半は七代とは意を異にするようなのでそれならそれで構わない、七代とて己の趣味を他人にまで押し付けるほどの気概は持ち合わせていないのだ。けれど、壇に限って言えば、この男は最低限の学力さえ保とうとせず試験の前には決まってその分のツケが七代に廻ってくるのだから、少しくらいは壇自身も此方の荷を減らすよう努力をして欲しいものだと七代は常々考えている。

「ま、図書室寄らねェならとっとと帰ろうぜ」

これ以上余計な小言を言われぬようにと壇が七代の腕を引いたのだが。七代はうーん、と首を傾げた。

「…………なんか忘れてんな、と思ったんだけど……お前さ、今日日直じゃなかった? 日誌書いて帰れって言われてなかった? ていうか牧村センセイから直々に渡されてた課題の提出はいつだっけ?」
「うわっやべェ、そういや日誌忘れてた……!」
「課題の提出は?」
「あ、あれは…………えーと、あ、明日」
「そう。じゃあ今日は徹夜で頑張れよ」
「っていうか、お前………………、いや、まあ、有り難いからいいけどよ」

壇は何だか、苦いものと甘いものを同時に食べたような、複雑な顔をしている。
七代が壇の諸々について押さえているのは何も壇の為ばかりではない。この男が何か失態を起こすたびに傍らでいたたまれない気持ちになってしまうから。結局は自分の為なのである。だから七代には、大したことをしているつもりなど全くない。
ひとつ嘆息を落とし、それから窓の外を眺めた。

「……………………さっさと日誌、片付けなさいよ。帰るんだろ?」

机の中に仕舞い放しだったらしい日誌を渋々と取り出して、壇が鞄を一旦下ろし再び席へ着く。七代は、己の頬に壇の視線を感じてはいたが其方を見なかった。

「おう」

やや遅れて壇が返す。その返事に七代は胸中のみで少し笑い。校舎を出る前に食堂で何を奢らせようかと、壇が日誌を書き終える間、その品目についてのんびり考えておくことにした。

教室の窓から見える景色は何とはなしに明度が低くて、空の色もくすんで灰がかっている。
冬の景色だった。自分が此処を初めて訪れた時にはまだこうではなかったのだが。四季の移り変わりが七代に時間の経過を思い知らせる。
過ぎ去った日々に感傷を覚えるなどということが、まさか己の身に起こり得るとは。
今まで深く、絆らしい絆を結んでこなかった七代は、己の変化にただ、驚くしかなかった。
グラウンドを走る運動部員たちと、ぞろぞろと校門の外へ向かって流れていく生徒たちの群れ。四階の窓から眺め遣るそれらは豆粒のようで、七代は温かい紅茶にしようかと考えながら見るともなしにそれを見ていたのだが。

「…………、あれ、」

丁度、流れ出た生徒たちがばらばらと散るあたり。つまりは校門の前に、七代は何か見知った色を見付けた気がして少し眼を凝らした。

「、どうした?」

首を捻りながら日誌と向かい合っていた壇が、七代の呟きに顔を上げる。

「いや……、ちょっと、門のところに、」

あまり素行の良くなさそうな生徒数名が固まっているのは見える。けれど七代が知りたいのはその生徒たちが相対しているものだ。外壁が邪魔をしていてなかなか見えないのだが、先刻ちらりとだけ見えたような気がした、あれが七代の勘違いでないなら。

「、」

やはり。

「お……、い、七代ッ?」

あれは、雉明零だ。

眼に映った映像が脳まで到達し、それを認識する。それと同時に七代は、眼前の窓をがらりと開け放った。

「雉明」

そうして窓枠に足を掛け、其処から一気に地面まで飛び降りる。
教室にまだ残っていた数名の生徒の悲鳴めいた声が背後から上がったが、七代の耳にまでは届かなかった。
今、七代千馗にとって最も優先すべきことは雉明の確保であって、己の身を守ることではないのである。





雉明零は困惑していた。
顔を合わせたばかりの人間からこんな風に親しげに接されるのは、初めてのことだったので。

雉明はどうしていいのか判らず、とにかく自分を囲んでいる四人の女子生徒たちを見遣った。
鴉乃杜学園の生徒であることには違いがないのだろうが、七代と同じ学年なのかどうかは判らない。みな、やや薄い色の髪をしていて、彼女たちが動くたびに鞄にぶら下げられたたくさんの飾りが音をたてながら揺れていた。
彼女たちの後ろに男子生徒がひとり。呆れたような表情で騒ぐ彼女たちを見詰めている。恐らく彼らは友人同士なのだろうとは思うのだが、それなら何故、彼女たちは彼を蔑ろにして雉明に構うのだろう。

彼女たちは初め、雉明を見るなりかわいいだとかきれいだとか、そういったことを大きな声で言って。自分のことなのだろうかと雉明が周囲を見回しているうちに囲んできたのである。
名を訊かれたから、雉明、と応えた。するとまたかわいい、といって彼女たちは笑い合った。雉明が何を言っても彼女たちは概ねそんな調子である。
雉明にはよく判らない。
こういった雰囲気の学生を確かに駅前でよく見掛けた気がしたが、眺めているのと接してみるのはまた違うのだと、雉明は初めて理解した。
彼女たちはひどく明朗で賑やかで色鮮やかで、それでいて何処かがどろりと湿っている。
七代千馗の仲間たちの中にはこんな空気を持つものが居ないので、皮膚から染み入るその感触は雉明にとってはひどく珍しく、全く未知なものである。

後ろに居る男子生徒が、痺れを切らした様子で彼女たちを促した。待ちくたびれているのだろう。
待っている人が居るのだから早く行った方がいい、雉明がそう言おうとすると、逆にその中のひとりから訊ねられた。
誰かを待っているのか、と。
ああもしかしたら、と雉明は思った。もし彼女たちが七代の知人だったのなら。七代が今何処で何をしているのか、帰路を共にする為に此処で待っていてもいいのかどうか判るのかも知れない。
だから、口にした。彼の名を。自分は七代千馗を待っているのだ、と。

しかし。雉明が七代の名を口にした途端、彼らの空気が変わった。

厳密に言えば、しんと静まり返ってしまったのである。
女子生徒たちは互いに顔を見合わせ、男子生徒は眉を顰めた。とりわけ男子生徒の表情の変化はとても顕著だった。
己の口にした名が彼らにもたらしたその化学反応の要因が、雉明には全く判らない。彼女たちがどうして口を噤んだのか。どうして彼は憎々しげな顔をするのか。そして彼らは七代千馗を、知っていたのだろうか。
雉明の知る七代千馗といえばとてもやさしい男である。仲間たちにもとても好かれている。だから同じ学校の生徒たちからもてっきり同じように慕われているものとばかり思っていたのだが。
この反応を見るに、彼らは、否、特に彼は、七代をあまり快くは思っていないのだろうか。
それは雉明にとって、なかなかに信じ難い事実である。

七代千馗だと?と、男子生徒が彼の名を繰り返した。
ひょろりとした身体つきの、何処か鋭利な男だ。声音には僅かな怒気がこもっている。そういえば寇聖高校の盗賊団員の風体に少し似ていると雉明は思った。
彼の名を繰り返し呟いた男子生徒は、雉明を取り囲む女子生徒たちを飛び越えるようにして声を投げ掛けてきた。彼の表情には侮蔑のような色が滲んでいる。
彼は一体何を、誰を侮蔑しているのだろう。眼前に居る自分なのか、それとも七代なのだろうか。
雉明がその対象について思案していると、男子生徒は雉明へもう一度確かめた。
此処で七代千馗を待っているのか?と。
それが事実であったのでとりあえず雉明は頷いてみせた。そのさまを見た男子生徒は表情に乗せた侮蔑と怒気ををそのままに、口の端を吊り上げた。
それは確かに笑みのかたちをしていたけれど、こころからの笑みでないことは明らかであった。人間の機微に未だ疎いとはいえ雉明の眼にもそれは容易に知れた。
かたちだけの笑みを顔に貼りつかせ、男子生徒が続けて口にした言葉はしかし、その表情にはひどく似つかわしくないものだった。
彼は。
彼女たちも雉明のことを気に入っているようだからこれから共に遊びに行かないか、と言ったのである。
突然の提案に雉明はやや茫然としたのだが、女子生徒たちはくすくすとさざめくように笑いながら口々に何事かを囁き合った。

やくそくしてんのにそれやぶらせるってこと?にんきあるってだけでさかうらみだよねえ、でもとられたこともあるらしいってさ、いつもいっしょにいるのがあれだしこうせいのやばいのともしりあいみたいだからなかなかけんかうれないとかすげえださくない、まああたしらはぜんぜんどうでもいいけど

彼女たちの唇からこぼれ落ちる言葉はとても速くて聞き取り辛く、単語の欠片は拾えるのだが、雉明には全く意味を解することまでは出来なかった。雉明にとっては日本語でないような響きだ。
それらが細い音になって雉明の耳を通り抜けていき、そうして雉明の中には困惑のみが残る。
どうすれば、いいのだろう。
雉明はしばしその提案について考えた。彼らは自分と、親密になろうと考えてくれているのだろうか。未だ雉明は彼らの名を知らないのだが。雉明はにんげんが好きだ。老若男女どんなにんげんであれ、とても興味深い。だから彼らが自分と親しくなりたいのだと、本当にそう思っているのだとしたらそれは雉明にとってはとても嬉しいことだった。
しかし。今、雉明は胸に或る目的を抱いているのである。七代千馗に会う為に此処へ来たのだ。それを果たさずして彼らの提案を受けて、良いだろうか。七代とは待ち合わせをしているわけではないから、此処で行く先を変更してしまっても七代を困らせることにはならないのだが。
どう応えるべきなのだろう。
そう逡巡しているうちに、男子生徒の指が急かすようにして雉明の方へ伸びてきた。
腕を、掴まれる。
そう思い。不意に身を硬くしたところで雉明は、或る気配を感知した。

「、」

その気配は軽快な足音を伴いながら、すごい速度で近付いてくる。どんどん、あっと言う間に距離が詰まる。雉明のすぐ近くにまで。

それは。





「ちあき」

たかだかグラウンドを横切り、校門までの全力疾走である。
息など切れる暇がない。だから雉明の名を呼んだ七代のその声音は、全く息に霞むことなくとても明瞭に響き渡った。
その声音にびくりと身を縮めたのは、全く見覚えのない顔の男子生徒。

「…………、七代、」

眼を瞠りながら幾度か瞬きを繰り返している雉明へ、とにかく微笑んでおく。
それから七代は、雉明を取り巻いている今の状況をぐるりと眼で浚った後、視線を男子生徒の上に停止させた。コンタクトレンズを着用しているといえども視力は良い方ではなく、それに加えて七代は人の顔をあまり記憶出来ない質だったので、よくよく見てみたらもしかすれば思い出すかも知れないと思ったのだが。何度凝視し直してみてもやはり、それは知らない顔だった。知人ではない。
けれど七代の方にはそうでも向こうにとってはそうでなかったようで、見知らぬ男子生徒は七代の名を小さくこぼしていた。
それを見、七代は、少し苦い気分になった。
こうして全く見覚えのない生徒までもが自分の名を認知しているのは十中八九、鬼丸義王の所為だろう。あの男が盗賊団員と共にぞろぞろと押し掛けて、名指しなどしなければ。
当時の光景と面倒な思いをしたことまで思い出してしまい眉を顰めている七代は、己を有名にしている要因が実は鬼丸義王だけでなく他にもあるのだという事実についてあまり自覚出来ていなかった。

全く面倒臭いことをしてくれる

七代は口だけで微笑んで、雉明の腕を強く引いた。

「ごめん、俺、きみのこと覚えてないんだけどさ。なんか世話になったっけ、もしなってたんなら教えて?」

男子生徒は七代から眼を逸らし、何も答えようとしない。
壇燈治でもあるまいし。そう思いながら七代は内心盛大に溜息を吐いている。
恐らく。
この男子生徒は七代のことをあまりよく思っていないのだろう。そうして、経緯は訊ねてみないことには判り得ないことだが、丁度七代と親しい間柄の雉明を見付け、代わりに憂さ晴らしでも果たそうとしたのだろう。
それが現在この場に展開されている状況なのだろう、と七代は踏んでいた。
言い返してこようともしないこの素行不良生徒が何処までどういったことを画策していたのかは判らない。けれど。七代千馗をどうにかすることが出来ないから代わりに雉明を、というのは、七代にしてみれば見事なほど完全な悪手である。
自分にとって雉明がどういった存在なのか、それを知らないのだから仕方がないのだが、それにしてもと思う。知らぬというのは恐ろしいことだ。
七代が今発しているのは間違いなく殺気そのものであり、雉明を囲んでいた女子生徒たちは敏感にそれを感じ取ったらしく、そろりと猫のような足取りで無難に逃げていく。七代は眼の端でそれを見た。七代が照準を定めているのは男子生徒ただひとりなのである、女子生徒たちに噛みつくつもりは七代とて毛頭ない。

「…………七代、彼らは、その、一緒にあそびにいかないかと誘ってくれた、んだが」

七代に引き寄せられた雉明は、何処か申し訳なさそうな表情で言った。

「……………………ふう、ん?」

それを聞き、改めて七代が男子生徒を見据えると、女子生徒たちを伴ってさっさと踵を返そうとしている。
敵前逃亡とは。何とも気概のない。
何か突っかかってくるなり殴りかかってくるなりするのであれば、七代も容赦なく己の内に渦巻く憤怒を放出出来たのだが。相手の選んだ選択肢があまりに賢過ぎる所為で、七代の苛立ちは尚一層増してしまった。

「どうしても雉明とあそびたいんだったらさ、別にいいよ?俺も一緒に行っちゃうけど、それで良ければ」

男子生徒は顔を歪めたが、傍らの女子生徒たちは少し眼を瞠って顔を見合わせた。
女子生徒たちは間違いなく男子生徒の友人なのだろうが、しかしどうやら彼女たちは彼女たちでまた少し違った価値観に沿って動いているようだ。七代がにこりと笑ってみせると、その証拠に何人かが手を振って応えた。

「、七代も行くのか?」
「ん?まあ、俺はいいけど向こうが都合悪いみたいよ。また今度ね?」
「そうか」

七代の言葉に雉明は表情を緩め、そのおもてに淡い微笑を滲ませた。
場違いともいえるそのやわらかい笑みはしかし、七代のささくれた精神をふんわりと潤していくようで。七代は苦笑するしかなかった。
雉明は何も知らない。何も理解していない。だからこそ。こうしたつまらない事情に巻き込んではいけないのである。引き込もうとするものは誰であろうと許すつもりはなかった。
雉明の笑みを見詰めていると不意にポケットの中で携帯電話が振動し、こんな時にと七代は肩を竦めたのだが送信者を見ると壇燈治とあったので、とりあえずメールを開封してみれば。
其処にはたった一言だけ。ほどほどにしろ、とだけ、とても簡潔な文字が打ち込まれていた。
七代は思わず、携帯を手にしたまま校舎の方を振り返ってみる。見覚えのある男の陰が、先刻飛び出してきた窓のあたりに立ってどうやら此方の様子を眺めているようだった。
壇燈治は大凡の事情を察したのだろうか。あんなに遠くから。だとすれば、さすがは場数を踏んだ素行不良生徒である。
此方の憤怒を解かすような雉明零の微笑と、此方の苛立ちをやんわりと収めるような壇燈治の文面。

全く、

七代の口角が上がる。

仕方ねえから釘刺すだけにしといてやるか

「なァ、」

もうすでに数歩、七代と雉明から離れていた一団の背へ声をぶつけてやる。視線で捕えるのはその中の男子生徒のみ。
彼らが決して知り得ぬ秘法眼という名の黒い虹彩に灯っているものは。
恐らく、かの盗賊王であれば狂喜したであろう、肉を食らう獣の如き鋭利なひかり。

「きみがさ、雉明の手を掴んでなくてほんっとうに良かったよ。出来るだけ面倒なことはしたくない方だからさ。きみは幸運だった……それだけ、覚えといて?」

噴出した気を視線に乗せて伝わせると、男子生徒は小さな悲鳴を洩らした途端、走り出した。
その様子に驚いた女子生徒たちが慌てて後を追う。

口にしたことに偽りはなかった。
もし良からぬ思惑を抱くものが雉明に触れたのなら、七代は幾つか存在する箍のうち少なくともひとつは外してしまうだろう。それをすればどうなるのか、当然、重々理解した上で。
幸運だったのはあの男子生徒ばかりでなく、それは七代にとっても同じだったのかも知れない。






「雉明」

ぽつりと、ふたりきりになった門の前で。七代は雉明の身体を抱きしめた。
擦り合った頬が冷えている。雉明は長らく此処に居たのだろうか。長らく彼らに囲まれていたのだろうか。自分は果たして遅かったのだろうか。

「、七代」
「……………………雉明が無事で、ほんとに良かった」
「無事……、?」

ぎゅうぎゅうと抱きしめられながら雉明は首を傾げている。
鬼札としてのちからの大半が失われた今でも雉明の戦闘能力は常人のそれでは決してなかったし、体術も一通りこなせるのだということは七代自身かの認定試験にて目の当たりにしてはいる。
雉明は、七代が庇護しなければならないような小さなこどもではないのだ。
己の身を守る術など充分過ぎるくらいに持ち合わせているのである。ちからを持たぬ人間たちが束になって襲い掛かろうとも恐らく相手にもならないのだろう。
けれど。
七代にとってはそういう問題ではないのである。

「七代……、おれは、何も問題無い、大丈夫だ」

抱きしめるというよりはしがみついている、といった風の七代の背に手を廻し、雉明は宥めるように撫でた。

「うん」
「危険な事は何も無かった」
「うん」
「……だから、きみがそんな顔をする必要は無いんだ」
「うん」

ぽん、ぽん、とぎごちなく雉明の掌が背で弾む。
そのやさしい感触はゆるゆると七代の精神を落ち着かせていった。何処か子守唄のように。
七代がようやく雉明を解放すると、雉明はその感触にとてもよく似た微笑を浮かべて七代を見詰めた。

「…………きみと共に、帰ろうと思って、寄ってみたんだが……きみはもう帰るところなのか?」

そう問われ。七代は自分が未だ上履きであることを思い出してしまった。
窓から飛び出したのである、靴など履き替えられる筈がない。それに鞄も教室に置いてきたままだ。

「ああ……うん、帰るところ、なんだけど、」

七代の思考能力が正常に戻り、それにつれて記憶も蘇ってくる。
そもそも自分は一体何をしているところだったのか。

「ま、見物してたにせよ、いくら何でももう日誌書き終わってる頃だろうしな…………雉明はこれから行くとこあるの?」
「、いや、特に予定はないが」
「そう、良かった」
「、」

白い掌を強く握ると、雉明が驚いたように顔を上げた。

「壇がさ、なんか奢ってくれるっていうから雉明も食堂行こ?寒かっただろ?なんかあったかいものでも飲んでから帰ろ、雉明は何にする?」
「、しかし七代、おれは」
「いいのいいの」

七代はただただ笑って。
戸惑う雉明の手を引き、いとも簡単にさっさと鴉乃杜学園の門を越えてしまった。雉明が、立ち入れぬことをあれほど憂えた境を。

「…………ああ、雉明の手が掴まれてなくて、本当に良かった」

つまらぬ理由の為に雉明が腕を掴まれてなどいたら、自分はひとを殺していたかも知れない。

七代は笑ってそう言ったのだが、微笑む表情の割に声音はひどく真剣で。雉明は果たしてそれが冗談なのか或いはまさか本気の言なのかと一瞬の間考えたのだが。

食堂のあたりにふたり分の鞄を携えた壇燈治の姿が見えたのでそれきり、そのことについて七代千馗には終ぞ訊ね返せぬまま、その後すっかりと忘れてしまった。















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壇の面倒見たるや。

所持金五百万あるのに親友に奢らせる七代千馗の鬼っぷりたるや。





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