melancholia//サイトの更新履歴兼、その時々のプレイゲーム日記、二次文章など。
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2010/08/01 (Sun) 鬼祓師小話 / 七代と雉明で先生ゴッコ

うちの七代千馗は眼鏡なので、その話を。
こういうの何て言うんでしたかねえ、イメ、イメナントカ……イメクラ?ちがう?


文章を書く為にと最近得た知識が色々あります。

・トンファーの歴史と構造と使用方法
・日傘の色による紫外線と赤外線の防ぎ方色々
・チロルには現在どんな味があるのか
・主に高校三年生の物理

うーん……知識が増えるのは確かにいいことだとは思うけれども。な。


そんなわけで主雉のかゆくて他愛のない話を。






鬼祓師文章『局地的視界濾過装置』






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『局地的視界濾過装置』






七代千馗という男の顔をとてもきれいだと、とても好きだと、眼にするたびに思う。



鴉羽神社母屋の一室。
足の低い机の上には、様々な本が広げられている。
雉明零はふと、その中の一冊を手に取ってみた。それは教科書、と呼ばれる類の書籍である。

「興味ある?」

数頁捲ったところで襖の方向から声がかかる。七代千馗である。
席を外したのはどうやら飲みものを取りに行く為だったらしく、左手のマグカップから真新しい湯気が立ち上っていた。中身は、珈琲のようだ。漂う芳香について雉明がそう考えているうちに、七代は常のようにあまり音をたてない猫のような足取りで畳の上を渡り、先刻までと同じように机の前へ腰を下ろした。

「多めに入れてきたから飲んでいいよ、珈琲で良ければだけど」
「、有難う」
「いいえ」

珈琲が特別好きなわけではないのだが学校に居る時には飲む事が出来ないので、帰ると何となく飲みたくなるのだと。先日笑ってそう言った七代の声が雉明の中で再生された。
壇燈治が苦手なのだそうだ。
七代は壇燈治についてよく馬鹿だとか粗野だとか呆れた風に評しているのだが、それでもやはり仲が良いのだと雉明は思う。壇の為に珈琲を飲まないというのだから。そもそもそうでなくとも七代がそういった言葉を使う事自体がすでに親密である証拠なのだ。
対等に気兼ねなく結ばれる彼らの間柄が雉明にとっては少し、羨ましい。七代は雉明にとても、やさしいので。その事を不満になど思う筈はないのだが。
相変わらず七代の傍らに居ると多くを望み過ぎる、その事について内心嘆息しながら雉明は白いカップを見詰めた。たゆたう焦茶色は確かにたっぷり注がれているようだ。

「教科書、おもしろい? 別に見てても構わないよ」

一旦机の上に返したのだが見ても良い、というので、雉明は再び教科書を手に取った。図書館に置いてあるような本とは少し違う。

「……学校の授業、で使う、本なのだろう?」

訊ねると。七代はこぼさぬように注意しながら珈琲をひとくち啜り、それから頷いてみせる。

「そう。その本の内容に沿って先生が教壇の前で色々教えてくれるわけ。黒板に書いて説明したりしてな。それを生徒たちはノートに取ったり、時々ちゃんと聞いてたかどうか先生から質問されたり……、ま、授業中はほとんど夢の中ってやつも居るけどな?」

そう言いながら七代は笑った。その表情を見ればそれが一体誰なのかなど、すぐに判る。

「……しかし、試験があるだろう? 一定以上の点数を取らなければならないと聞いたのだが、壇は大丈夫なんだろうか?」
「大丈夫じゃないから、テスト前には俺がうんざりするんじゃない。教えてくれって頼んでくるならまだいいけどさ、あいつ自身は頼みもしねえんだよ。本人に覚悟が出来てんだからもういいだろって思うのに、周りがなんでか俺に言うんだよなあ……とにかく教えてやってくれ、ってさ」

お陰で試験前は壇の世話で本当に疲れる。言って、七代はまた笑った。雉明に向けるその笑みがやわらかいので、雉明の口許にもつられて微笑が浮かぶ。

「みな、壇を心配しているんだろうな」
「なら自分が教えてやりゃいいのにっていつも思うよ」
「それは、きみの成績が良い所為だろう。きみと壇は、親しいし」
「どうだかな。そう言って俺に厄介事を押し付けようとしてるだけのような気もすんだけどね」

伸びをしながら長く息を吐く。七代の横顔をひとつ眺め、雉明は再び教科書に視線を落とした。
学校生活について、七代から話を聞くのは楽しい。楽しいのだが。
楽しい事が少し、つらくなる時があるのもまた事実である。つらいと感じる己の胸郭を雉明はただただ観察するように見詰めていた。
つらいのは、自分が鴉乃杜学園の生徒では無い事。彼の所属するその場所に己が入れない事。彼の傍に居れない事。その距離に感傷的な意味を勝手に感じてしまう事。
つまり。また、多くを望み過ぎているという事なのだろう。
本当は此処にこうして居られる、それだけで雉明にとってはとてつもない奇跡であり、たとえようもない幸福である筈だったというのに。

「…………授業、」

唇からこぼれたその言は、抱き過ぎて溢れ出した希望の破片だったかも知れない。

「授業というのは…………、どんな、ものなのだろう、な」

学生たちが軒並嫌うという、勉強をする為の時間。こっそりと屋上を訊ねた際、窓越しに眺めた事だけはあった。けれど雉明がそれを体験する事は、ないのだろう。
こぼれた声音は平坦だった筈なのに、七代はまるで雉明の胸に在るものを全て知り得たような顔をして、黒い色の眼をゆるりと細めた。
そんな顔をして欲しかったわけではない。そんな顔をして欲しくて言ったわけではなかったのに。
自分の好きな造作がかなしい色に象られるのは、好きであるがゆえに、とても喜ばしくない事だ。

「じゃあさ、」

慌てて雉明が言葉を注ぎ足そうとしたところに、七代の声が被せられる。
見れば、先刻の色などもうすでに何処にもなくきれいに霧散していて。代わりに今其処に見えるのは、ひどく温度差の違う色。雉明はその差に瞬間ついていけず、やや己の眼を疑ってしまった。

「今から俺が授業、やったげるから」
「……、え?」
「雉明が生徒で、俺がセンセイ。まあ本職の朝子センセイには勿論かなわないけどさ、ひとにもの教えるの割とうまいんだぜ俺」

壇の赤点回避してやってんだから。そう言って七代は得意そうな顔をしてみせた。

「きみが、…………せんせいを?」
「そう」
「俺に?」
「そう。だから質問とか何かある時はセンセイって呼ぶように。な? それとも、教えてもらうんならやっぱり朝子センセイのがいい?」

七代の黒い眼が少しだけ近付き、瞠られた雉明の虹彩を覗き込む。
その視線に晒されながら、七代の言へ雉明は苦笑するしかなかった。そう問われれば此方がどう返すかなど恐らく彼には充分判っているのだろうに。

「……きみは、おれがどう答えるのか、判っているんだろう?」

訊ねてみれば。七代の眼が笑みに細められた。
眼の前で己に向けて七代が笑うと、痺れにも似た疼痛が胸からじわりと広がり、僅かな熱をもって脈が早くなる。雉明の掌が意識外のところで己の胸を押さえた。

「それを、ちゃんと雉明の声で聞くのがいいんじゃない」

そう言って可笑しそうに笑う。
波のような疼痛が新しく沸いたのを胸に感じながら雉明は思う、七代は自身の一挙手一投足がどれほど此方に影響をもたらすのかという事を正しく理解しているのだろうかと。
いつも素知らぬ振りに見えるのだが、存外それも判っているのかも知れない。雉明が何と答えるのか、その言葉を知っていて、それでも訊ねようとするのだから。



七代は、手許に畳んであった眼鏡をするりとかけて、広げた教科書を眺め遣る。

「うーん、どの教科にしようかね。俺は何でもいいんだけど」

くすんだ鉛色の銀縁の眼鏡。それは勿論、七代本人のものである。
外出する際には概ねコンタクトレンズを使用しているのだが、神社へ帰るとそれを外して眼鏡に切り替えるのだ。コンタクトレンズは酸素を通し難いから長く装着していると眼が乾いてしまうのだそうで。装着する場面をたまたま見た雉明がとても驚いたのはつい先日の事である。
字の読み過ぎできつい近眼なのだと言って七代は肩を竦めていたのだが。秘法眼としてあれほど強い能力を持つ七代千馗の視力が弱い、という事が、何となく雉明には不思議に思えてならなかった。視力と能力は関連が無いから本当は不思議な事でも何でもないのだろうが、それでも雉明は根拠も無く信じていたのだ。七代の眼に捉えられぬものはないのだと。それがまさか、何かの助けを得なければ現のものさえ明瞭に見えぬとは。
まさか失望したわけでもなかったが、ひどく驚いたのは事実である。

「おれも、きみが教えてくれるのなら何でも構わない」

少しだけ見慣れぬその横顔を見詰めながら応えると、七代が肩を竦めた。眼鏡をかけた、ただそれだけなのに纏う空気が変わったように見える。

「かわいい生徒だねえ、雉明は」
「、そうだ、せんせい、だったな」
「そうそう。センセイ、ね」

此方が教えてもらうのだというのに、七代がいやに楽しそうな顔をしているのは何故なのだろう。
うまいのだと先刻言っていたけれど、ものを教えるのがそもそも好きなのか、はたまた他に理由があるのか。雉明にはよく判らない。しかし、不用意な事を口にしてしまったと後悔していたので、七代の方にも何か楽しいと思えるような部分がもしあるのなら本当に良かったと雉明は思う。

「…………そうね、物理、とかにする? ぜんっぜん接点無くておもしろいかも」

七代の手はそう言いながら、歴史や古文と書かれた教科書を選択肢から外すようにして机の上から退けている。そういった教科であれば雉明の中に既知の部分があるのだと、七代は見越しているのだ。
どうせなら、と。
七代の言うように全く接点の無い教科の方が面白いのかも知れない。
相変わらずの思考の早さに生徒は微笑んだ。

「そう、だな、よろしく、せんせい」

雉明がそう口にすると七代は一瞬眼を丸くした。そう呼べと言ったのは七代だというのに。

「…………うん、まあ、こちらこそ?」

眼鏡をかけた先生は少しとぼけた調子で応え。口調を改めるでもなく、そのままのろりと授業を開始した。



物理は、自然科学というものの一種である。ものの構造や性質を明らかにし、それによって起こる自然現象の普遍的な法則について研究するものだ。
七代がそう前置きするのを聞き、その傍らで雉明は頷いた。

「エネルギーに応用しているもの、とかだろうか」
「あー、そう、そんな感じ……量子エレクトロニクスとかな、まあもっと身近なところで言えば音とか光とか、そういうのも対象になってるの」
「成程」
「要するに、状況を仮定して、じゃあこの場合ならコレはどうなるの?っていうのを式に当て嵌めたりして考えるのが物理の問題、かな」
「問題?」
「ああ、えっと、授業でやるのはって事。そりゃ全部試せれば話は早いけど試せるモンばっかりじゃないしな。授業でやるのはほとんど仮定の話」
「……想像力が必要になりそうだな」
「そうね、物理は特にね。ていうか、テスト前に必ず世話焼かされるもうひとりの生徒にツメの垢をプレゼントしてやってくれる?雉明。壇がもうちょっとでも雉明みたいだったら俺の苦労も少しは減るんだけど」
「……………………せんせい、すまない、垢は無いようだ」
「あらら、そりゃ残念だ」

あまり大きくない机の上に教科書を広げ、肩を寄せ合うようにしてそれを覗き込む。
教科書の頁には見慣れぬ図と見慣れぬ記号が踊っていて、それは何処か見知らぬ国の言語のようにも見えた。確かに興味深いものである。
出来得る限り距離を詰めているので、伝わる七代千馗の声がとても近い。七代が喋れば、触れ合う肩からそれが僅かな振動になって雉明へ伝わってくる。鼓膜からは音として、触れる箇所からは振動として。
成程せんせいの説明を踏まえるならば、この声音も、式によって数値化してしまえるという事なのだろうか。無形のものを眼に見える数値として書き表わすのもとてもおもしろいとは思うのだが、こうして感触としてその身に感じる、その事に勝るものは、恐らく無いだろう。
少なくとも、雉明はそう思う。
触れる事で直接知る。その方がいい。
尤も、物理の講義を受けている最中に考える結論としては間違っているのだろうし、何よりせんせいにも少し申し訳無かったのだが。



すぐ傍らから滔々と、説明する七代千馗の声音が流れている。
会話なら言葉の交換なので必然、七代と雉明の声が互い違いに組み合わさる事になる。しかし今は会話をしているわけではなかったから、雉明が質問をしない限り、その流れは一方的である。

「だからさ、気体とか圧力の話だとたとえばボイル・シャルルの法則っていうのがあって、」

ふと、眼を瞑ってみる。
鼓膜を震わせる七代千馗の声は、あまり抑揚が無く、低く、静かで。地脈の流れに氣を合わせる時のあの感触に少し似ていた。
こういうのを耳触りがいいと言うのだろうか。七代の唇からこぼれ落ちる緩やかな声音に耳を浸していると、眠気さえ誘うようなひどく快い安堵感が全身に充ちていくのが判る。鼓膜から染み、胸で温められ、そうして指の先にまで隈なく広がるその感覚は本当に心地がいい。
雉明は七代の声がとても好きだ。
ずっと傍らに居ていつまでも聞いていたくなる。
だから、せんせいの口にする単語の意味が気になっても、雉明は余程でない限り質問を挟まぬようにした。此方の言葉に応えてくれる、それもとても嬉しいけれど、こうして一切何にも遮られずに七代の声音を聞き続けられる機会もそうそう無いので。
耳から流れ込んで頭蓋の中で響くその心地良さを、じんわりと味わうようにして眼を瞑り、閉じ込める。
本当にこの声が好きだ。
雉明は改めてそう思う。

「……ほとんどの物質は温度の上昇によって長さとか体積が変化するんだけど、その事を熱膨張って言って、」

ぱらりと頁をめくる紙の音が七代の声にかかる。
雉明はゆるりと瞼を上げて、すぐ隣に在る横顔に眼を向けた。
肉らしい肉のない、なだらかな頬。耳朶の下から始まる輪郭にはくっきりと骨格が浮いていて、それが顎へ伸び、首筋へと繋がっていく。
ペンを持っていない方の左手が時折触れるのは、眼鏡である。
軽く蔓に触れる所作はずり下がったものを押し上げる為のものなのだろう。流れるように切らさず説明を続けながら、七代の指先が一定の頻度でそれを繰り返していた。それは当然、眼鏡をかけていない時の七代には見られない所作だったので、雉明には何だか妙に新鮮な風に思われた。
眼鏡という視力矯正器具をひとつ加えただけで、七代が、七代にとてもよく似た見知らぬ誰かのように見えるのもとても不思議な事である。
けれど、雉明の眼に映るのはやはり七代以外の誰でもなく。七代なのに七代でないような、そんな空気を纏わせる眼鏡というものを雉明はじっと見詰めた。

眼鏡の有無に関わらない事だが、雉明は七代千馗の顔も、とても好きだった。
然したる感情も浮かべていない時にはほんのりと低温で。微笑む時にはそれが溶けるように緩む。とてもうつくしい黒い墨色の秘法眼を猫のように細めて。そのさまを見詰めるのが何より好きだ。
笑みだけでなく、ちからを振るう時に帯びる鋭利な閃きも、眠いといってだらりと弛緩する緩さも、遠くの記憶を追って意識を馳せるような淡い色も。
七代千馗から滲む全ての表情、全ての色が、雉明には愛おしい。
きれいなばかりではないけれど、その歪さこそがうつくしいのだと思う。ひとである事のうつくしさ。ひとしか持ち得ぬうつくしさ。七代千馗のそれは本当にうつくしかった。
眼鏡の向こうで睫毛が揺れる。それに隔てられた視線が教科書の紙面に落ち、その字を辿りながら声が紡がれていく。
恐らく、何時間眺め続けたとしても、決して見飽きる事などないだろう。
雉明はひとつも眼を離さずにそう思い、そうしてその半面、何故自分がこれほどまでに七代の造作全てを好きだと思うのか、その理由について少し首を傾げていた。

「……………………、で、?」

雉明

七代の視線が突然上がり、自分の名を呼んだので。
雉明は少し驚いてその顔を見詰め直した。
七代はぱちりと眼鏡の向こうで瞬きをしながら不思議そうな表情で雉明を眺めている。

「どしたの」

訊ねられ、返答に詰まってしまった。
せんせいの言う事を聞いていなかったわけではないのだが。しかし雉明が聞いていたのはせんせいの声音であって、説明ではなかった。途中まではちゃんと理解していたと思うのだがいつから音だけを追うようになってしまったのだろうと、雉明は視線を落としてしまう。

「…………、すまない、教えてくれと言ったのはおれの方だというのに」

素直に詫びながら肩を落とす雉明の旋毛を見、せんせいは首を傾けた。

「いや…………、別にいいんだけどさ。ただどうしたのかなと思って」

上の空になっているのがもし壇燈治であったなら、せんせいは理由など訊かず問答無用に容赦無く頭をはたいているところなのだが。愛の差というよりも日頃の行いの所為である。

「なんか、気になる事でもあった? 他の教科のがおもしろそうなら普通に切り替えるよ?」
「、そうではなくて」

せんせいの言葉がとてもやさしいので。雉明は己の不誠実さに呆れ、白状する為の前置きとして溜息を吐いた。

「そうではなくて、その、……………………済まない、きみの顔を、ずっと、見ていた」

見蕩れていた

そう口にしながら、やや沈んだ雉明の眼が七代の顔へ戻ってくる。
見詰められる七代は雉明の視界の中で一瞬動作を停止させ、そうして右手に握っていた黒いボールペンと取り落とした。
ぱたりと小さな音が畳の上を転がっていく。雉明はそれを拾い上げて七代へ返したが、握り直す七代の指は何だか曖昧なままだった。

「えー……、と、…………顔? 俺の?」

この部屋には今、七代と雉明しか居ないので、雉明が見蕩れるとすればそれは七代でしか有り得ないのだが。
何故七代はわざわざ訊き返したのだろうと雉明は思い。けれどとにかく、問われたのだから頷いて応えた。

「そうだ。眼鏡をかけているきみの顔を、こんなに近くでじっと見るのは、初めてだったから。眼鏡というのはただかけるだけで、雰囲気が微かに変わるんだなと不思議に思って……」

雉明の言葉を聞きながら、七代はペンを握ったり回したりしている。

「えっと、………………………………これ、似合う?」

言うべき言葉に迷っているような素振りだったのだが、七代がようやくそう言い。雉明はまた頷いた。

「何だか少し、いつもの七代でなくなる気がするんだが、きみがきみである事には変わりがないし……新鮮な感じがして、それもいいと思う」

真剣に、己の感じるものを言葉へ変換しようと考える。言葉はうまく使わなければ伝わらない。伝えられないのは悲しい事だ。
雉明の思案を知ってか知らずか、七代は先刻やっていたように眼鏡の蔓に触れながらもうひとつ訊ねた。

「かっこいい?」
「、かっこいい…………」
「ああ、いやいや、冗談、」
「格好良い、というよりは……いや、別に格好悪いというわけではないが、そうだな、それより、きれいだと思う」

それは雉明が七代の姿を見るたびごとにいつも感じている事だ。

「き」

言葉と息を喉に詰まらせて、七代の手から再びペンが転げ落ちた。
狼狽のような驚愕のような七代のこの反応は何なのだろう。首を傾げながら雉明もまたペンを拾い上げて七代の指へ返す。

「いや……………………、えっと、まあ、……ありがとう」

七代は丁寧に礼を言った。ペンを拾うくらい何でもないのだけれど。

「…………雉明は、俺の顔が好きなの?」

雉明は頷いて肯定する。
そういえば飲んでもいいのだと言われていた珈琲がもうすでにすっかり冷めていた。けれど自分の為にと多めに用意されたものなので、雉明は頷いてからそれをひとくち飲んだ。砂糖の入っていないものなのだがほんのりと淡い甘さを感じるのは何故なのだろう。

「言い表わすのが難しいが……、凛としていて、けれどやわらかくて、とてもきれいだと、いつも思う」
「うーん」

雉明の好きなその顔のおもてに僅かな困惑を乗せて。そのまま七代は微笑んだ。

「きれい、っていうなら、雉明の方が余程色々、きれいだと思うけどね俺は」

顔を確かめるようにさらりと、七代の指が雉明の前髪を浚う。

「、おれが?」
「そう。知らなかったの?」

自身の造作についてはあまり関心らしい関心もなかったし、何かしらの評価を得た覚えもあまりなかったので雉明は、ただただその言葉に首を捻るしかなかったのだが。
髪を浚いながら七代は、雉明の鼻先でふと息を抜くように笑った。密やかな笑みだ。

「判らない」
「そう?」
「きみの事をきれいだとは、思うんだが」
「俺も、雉明の事をきれいでかわいいとは思うけどね?」
「……自身の事は、判らないんだな」
「まあ、そんなものなのかも」

七代の指先が髪から離れ、頬の上をゆっくりと伝い、顎の輪郭に触れる。

「まあとにかく、雉明は俺の顔が気になって、上の空になっちゃったんだよな?」

ゆるゆると擦られるその感触がくすぐったくて、片眼を閉じてしまう。

「すまない。折角教えてくれているのに」
「いいよ、別に。雉明に勉強教える機会なんて幾らでもあるし。それより、」

それよりも

眼鏡の向こうで黒い眼が細くなる。
雉明の好きな笑みのかたち。雉明の胸に痺れと疼痛をもたらす不思議なものがすぐ眼前に在って、それは更に互いの距離を詰めようとしていた。

「どうしても俺の顔が気になるなら……物理じゃなくて、別の事しようか」

七代の唇が雉明の頬に触れ。同時に硬い眼鏡の隅が少しぶつかった。

「せんせ、い」

雉明が呟くと、眼許から眼鏡を外しながら七代が面白そうに笑う。

「……それ、なかなかいいなあ。ごめん、今だけそう呼んで?」
「、ん」

七代少し嬉しそうな顔をしたので雉明はもう一度そう呼んでみようと思ったのだが、その声音は七代の唇によって奪われてしまった。

口腔のやわらかい粘膜に触れる舌先を感じながら雉明はずっと考えている。何故、七代千馗の顔や声音にこうも惹かれるのか、その理由を。その気持ちを。
もしや物理の教科書になら、この気持ちを数値化する為の式も載っているのだろうか。



尤もそれは、熱を孕む性感に全ての思考を飛ばされてしまうまでの、ほんの短い間の事だったのだが。















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七代千馗はへんたいです。

あと、物理の事はあんまり気にしないで頂けると幸いです。




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